瀬戸の島から

2007年03月

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前回に続いて小豆島町苗羽(のうま)の醤醢の里からです。

訪ねたのは「山」に「三」の「ヤマサン醤油」さんです。

木造三階の建物に屋号が書かれています。

ここには醤油関係の登録文化財の建物が7棟残っています。

社長さんに案内していただきました_(._.)_

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今は使われていない醤油倉には、塩が保管されていました。

醤油の発酵に欠かせないのが麹カビです。

いまでも柱や梁には、クロコウジカビが住み着いています。

それで内部が、黒っぽく見えるのだそうです。

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外に出て、植木を見ても心なしか黒ずんで見えます。

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サザンカの葉が黒ぽいのもクロコウジカビの仕業だそうです。

醤油倉の中だけでなく、周囲でもしぶとく生き延びていました。

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他の建物の中には、こんなものが乾燥されていました。

オリーブの葉です。

オリーブ茶として人気があるそうです。

ヤマサン醤油さんの「多角経営」のひとつのようです。

おひとついかがですか(*^_^*)。

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池の堤防の上から小豆島内海の「ひしおの里」を見ています。

すぐ下に見えるのが、「ヤマキチ」の醤油醸造所跡です。

母屋・醤油倉・麹小屋などがそろって残っています。

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200年前からここで、醤油が作られきました。

でも、後継者がいなくなり放置されていました。

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煙突が残る醸造所はここだけですが、痛みが目立ちます。

ここも「登録有形文化財」に指定されます。

しかし、改修費は国からは出ません。

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同業者がここを借りて、もろみ蔵として使い始めていました。

朽ちていくしかないと思っていた建物です。

後世に残っていく道が開けてきたようです。

よかったなと、声をかけてやりたくなりました。

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前回に続いて香川県の瀬戸内民俗資料館からです。

我が配偶者の母の出身が芸予諸島の蒲刈島です。

配偶者は一輪車のことを「ねこごま」と呼びます。

変な呼び方と思っていましたが、これを見て納得。

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一輪車の原型は「ねこごま」だったのではないかと思いました。

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瀬戸の島は「耕して天に至る」と言われました。

天まで届く段々畑に、通うことが女たちの生活の一部でした。

ポリネシアの民俗と同じ「海の道」の途上に瀬戸内海の島々もあったのではと思います。

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男たちがかついだ「オーコ」と「ニナイ」です。

日本という国の変貌ぶりの意味を改めてここで、考えさされました。(=_=)

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「小豆島にも千石船があったのですか?」と聞かれました。

それを証明するものが香川県の瀬戸内民俗資料館にあります。

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1865(慶応1)年に金比羅山に奉納された千石船の模型です

内海町田浦の仁兵衛という船主が、船大工に作らせたものです。

元禄期には島で24隻の千石船が活躍していた記録があります。

千石船一艘の建造費は、千両が相場だったようです。

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帆を張った実物を見に行きましょう。

大阪南港の「海の時空館」です。

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実物大に復元した千石船がホールにあります。

模型ではありません。左上の人物と大きさを比較してみて下さい。

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後ろにまわってみました。

模型では寝かされていた帆柱が立ち、帆が揚げられています。

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小豆島からは名産の醤油や素麺「島の光」が、積み込まれました。

九州からの帰りには原料になる小麦や大豆・小豆を持ち帰りました。

遠く北海道まで足を伸ばした小豆島の千石船の記録もあります。

この船が富と文化を島に運んできたのです。

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150年ほど前、幕末の誓願寺の周辺が描かれた小豆島絵図です。

寺の前には、塩浜(塩田)が広がっています。

(写真をクリックすれば拡大します。(^_-)


作業小屋からは、塩を煮詰めるための煙が登っています。

周囲の山は、「汐木(しおぎ)山」として、木を切られ裸山のように見えます。

環境破壊は、この時期からあったようです。

イメージ 2小渡前の

「塩」は大きな富を島にもたらし、回船業を栄えさせました。

江戸時代半ばに、廻船業主が九州から運んで移植したソテツです。

その後、島に根付き大正13年に天然記念物に指定されました。

その10年後(S9年)に、岡山の巡礼者一行が撮った写真です。

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その72年後の昨年、我が「酔いどれ巡礼団」が撮った写真です。

大ソテツは、すこし勢いをなくしているようにも見えます。


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元禄時代に建立された山門です。

柱には,難破した千石船の用材が使われているそうです。

この島が塩と船で栄えていたことをかすかに伝える「資料」です。

この前に塩田が広がっていた時代が、あったようです(*_*)

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若い人たちを案内して映画村にいきました。

今日は北風が強く、波もあり寒かったです。

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田中裕子版の映画のセットを、保存しています。

海のすぐそばです。

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20年前に、こんなシーンがこの中で撮影されました。

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20年後の今日、教室の窓から見えた光景です。

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少し抜け出して、男先生が住んでいた官舎をのぞいてみました。

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小さな部屋に上がって座ってみました。

窓から瀬戸の小島が見えます。福部島のようです。

どんな思いで、ここで生活していたのかと考えてしまいました。

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若い人たちは「まちこごっご」をしていました。

君の名という映画は聞いたことはあるようです。

でも佐田啓二や淡島千景を知っている子はいませんでした。(-_-;)

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神戸からの高速船が発着する坂手港のすぐそば

新鮮な魚や貝が生け簀にいるお気に入りの大衆食堂です。

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お勧めに「亀の手」があったので早速注文。

出てきたのがこれです。

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爪の下を折って、引っ張るとこうなります。

これを食べます。

形からは考えられないような綺麗なピンク色の身です。

かたちはとにかく、酒の肴にはあいます。

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亀の手といいますが、本当の亀の手ではありません。

磯場などの狭い隙間に並んで生息しているこの貝です。

冬場のこの時期は食用にもなるそうです。

おひとついかがですか(*_*)?

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小豆島の元気な地場産業見学・第三弾。

素麺製造の見学や箸分け体験ができる「なかぶ庵」です。

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さっそく「箸分け作業」に挑戦です。

2本の竹棒にかけた麺線をさらに引き延ばします。

一気に引っ張るとうまくいきません。

何回かに分けてゆっくりと引っ張ります。

これで太さ約3mmほどだそうです。

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伸ばした素麺はくっついているので竹の箸で分けます。

簡単そうですが、私は何本も切ってしまいました。

これにもコツがありました。

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一定の長さまでのばした素麺を、掛けていきます。

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外には、午前中にこびきした素麺が干してありました。

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白い素麺に春の陽光が当たって影が出来ていました。

もちろんこの後は試食。

島醤油のダシと出来たばかりの白いソーメン。

きれいで美味しかったです。


なかぶ庵のご主人のブログはこちらです。
http://www.olive.or.jp/blog/season/2007/03/post_11.html
小豆島素麺の製法については詳しい「素麺オジサン」さんのブログはこちらです。
私もいろいろなことを学ばせてもらっています。(^_^)/~
http://blogs.yahoo.co.jp/yume_shoudoshima

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昭和九年(1934年)・島巡礼の写真です。

4月に7日間で大人8人・子ども2人で回っています。

二十四の瞳の大石先生が岬の分教場に赴任した時期です。


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岡山方面から小舟に乗り込んでいます。

向こうに見えるのが小豆島の島影のようです。

私には、牛窓付近からの船出風景のように思えます。

こんな船が頻繁に、島と対岸の港を行き来していたようです。

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船中の様子です。

この時代は「遍路姿=白装束」では、まだなかったようです。

しかし、「金剛杖」はみんな持っています。

おばあちゃんたちはみんな着物姿です。

大石先生が洋服姿で学校に現れて、お母さん方から反発を受けた時代です。

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島への上陸光景のようです。四海か北浦の港と思われます。

孫を肩くまにして、上陸するお祖父ちゃんの姿が見えます。

これから一週間、徒歩での島遍路の始まりです。

これらの写真について、何かお気づきの方がいらっしゃいましたら

お教え下さるようお願いします。m(_ _)m

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前回に続いて小豆島食品さんの佃煮工場(?)からです。

こだわりは食材だけではありません。

化学調味料は使わず、「山六」の醤油と奄美の黒砂糖を使用。

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製造黒板です。これが佃煮のレパートリーのようです。

今日、作られている所に材料などの書き込みがしてあります。

ちょうど食べ頃になったようです。試食させていただきました。(~o~)

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タケノコです。

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昆布巻きです。

温かい「佃煮」は初めて食べました。

歯ごたえがしっかりしていて、独特の風味です。

パックに入れておみやげにいただいて帰りました。

ご飯が何杯も食べれる感じでした。(*^_^*)

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「どんこ」というの椎茸の最高級品だそうです。

傘が開く前の蕾のような状態で先が白いのがいいそうです。

撮った写真があったので追加します。

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