瀬戸の島から

2007年04月

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岡山県・牛窓と、その南に浮かぶ前島です。

「耕して天に至る」様子が30年前の写真には見えます。

実際、今はどうなんでしょうか。見に行って来ました。

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キャベツ畑が海際から島の頂上まで連なっています。

そのなかに焼杉の黒壁が美しい農家がぽつんとあります。

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収穫の終わったキャベツ畑は、菜の花畑になっていました。

今、この島は「キャベツの島」として元気です。

放置された畑はありません。(*^_^*)

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出荷間際のキャベツにたっぷり水がやられています。

牛窓から海底管で農業用水が通じているようです。

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向こうに見えるのが小豆島。

よく見ると馬越の白い大観音も、うっすらと見えます。

直線で10㎞足らず。

ここと小豆島はかつては密接な関係にありました。


航空写真は下記から転用させていただきました。
http://w3land.mlit.go.jp/cgi-bin/WebGIS2/WF_AirTop.cgi?DT=n&IT=p
(国土地理院 空中写真閲覧システム)

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空から見た土庄付近です。

どぶち海峡の「河口」に小さな島があります。

あずき島と呼ばれています。

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昨年暮れにタンカーから流出した重油が島に漂着。

その回収作業に、あずき島周辺であたっている様子です。

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同じ橋の上からの最近の写真です。

海岸に人影が見えます。近づいてみましょう。

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大潮の潮が引いた夕方、潮干狩りをしています。

黒い重油の海よりも、青い空と海が「あずき島」には似合います。

回収作業は心が痛みました。貝掘りはほのぼのします(*^_^*)

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土庄の産土社「富岡八幡」からのあずき島です。

海の神はあずき島から陸に上がられたと伝えられています。

きれいな海がもどったことを産土様に感謝。<(_ _)>


航空写真は下記から転用させていただきました。
http://w3land.mlit.go.jp/cgi-bin/WebGIS2/WF_AirTop.cgi?DT=n&IT=p
(国土地理院 空中写真閲覧システム)

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1974年に地形図作成のため国土地理院が撮影したものです。

クリックして拡大すれば、いろいろなことが「見えて」きます。

②現在郵便局のある永代橋のたもとが、まだ入り江です。

③オリーブ通りは、ここまで開通。ここからは工事中です。

④流下式塩田の施設が、まだ残っているようです。

⑤あずき島にかけては、のり網(?)が並んでいるようです。

⑥土庄高校のそばを流れているのが、世界一狭い「どぶち海峡」

このあたりで幅は10㍍未満です。

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一見、川に見えますが「海峡」です。

現在「海峡」には、「生徒専用の橋」が架けられています。

体育の授業には「海峡」を超えて、生徒がグランドへ向かいます。


下のHPに行けば日本全国の30年前の航空写真がみられます。

http://w3land.mlit.go.jp/cgi-bin/WebGIS2/WF_AirTop.cgi?DT=n&IT=p
(国土地理院 空中写真閲覧システム)

住んでいるところの写真を見てみると「発見」があるかも?(*^_^*)

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先日紹介した西方寺

あの後、春の風が吹き抜けこんな桜吹雪が見えました

下の画面の矢印を2回クリックしてしばらくお待ちください。

動画が始まります。



http://videocast.yahoo.co.jp/player/blog.swf?vid=288230376151722593

こんな「吹雪」の中でひとり立ちつくしていました

そして思い浮かんだのは遠山の金さんの背中

我ながら自分の「想像力の貧困」を痛感しました。(-_-;)

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先週の金曜日に高松市の西方寺を訪ねました。

山門前が、散りゆく桜を敷き詰めたようです。


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境内も桜の花びらで埋まっているようです。

枝も地面も桜で満たされています。

その間に、備讃瀬戸の海が薄くかすんで見えます。

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境内の片隅に、慰霊のための観音様が海を見つめています。

約半世紀前の1955年5月11日午前6時56分

この眼下の瀬戸内海で連絡船紫雲丸が、濃霧の中で沈没。

修学旅行中の中学生を含め多くの犠牲者がでました。

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観音様にも、散りゆく桜が小雪が舞うように降りかかります。

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黙祷して、眼下の海を見ました。

紫雲丸と同じ航路を、フェリーが高松港に向かっています。

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昭和8年に、島遍路を巡った写真です。

小さな孫を2人連れた巡礼団です。

歩いて7日間で巡っています。

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麦畑の中を、孫を肩に乗せて歩いているようです。

70年前は、遍路さんも着物姿です。

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疲れた子供を、背負っているようです。

子供もおじいちゃんもおばちゃんもタフです。

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島遍路は、先達さんに連れられて集団でやってきます。

伊勢講や立山参りの「講参り」と同じ形態です。

お四国さんのように個人でお参りする人は、少ないようです。

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今の遍路さんたちにも、それは色濃く残っています。

もうひとつ特徴的なのは、遍路さんの地域の偏りです。

播磨・備前・因幡・伯耆などの農家の人たちが多いのです。

特定の地域以外からは訪れる人は、ほとんどいません。

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毎年の島遍路を楽しみにしている年老いた遍路さんの姿が

島の札所に多くなる季節です。

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前島の高見山からの光景です。

下に見えるのが余島(よしま)に繋がる砂嘴(さし)です。

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アイデアマンの前町長が「天使の散歩道」と名付けました。

島に遊びに来た若い人に「どこに行きたい?」と聞くと。

「エンジェルロード」と言うので、案内しました。

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ちょうど潮が引いていて、渡れるようです。

いけるところまで行ってみましょう。

正面の島が小余島です。

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小余島の岩場を超えていきます。

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波に削られて小さくなっていく中余島です。

若い人たちが波と遊び、岩を超え喜ぶ姿をみて、 ただの「砂嘴」

が「観光資源」に「変化」する不思議さが少し分かりました。

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春の光の中、海の風紋がきれいに浮かび上がっていました。

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源平古戦場の屋島は、今が山桜の見頃です。

その沖を高松と池田を結ぶフェリーが行きます。

背中に乗せているのは,なんだか分かりますか?

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こんなデコを積み込んでいます。

子供たちには大人気です。

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「人生はウミガメのように」の教訓も私は好きです。

特に「陽気で酒をたしなみ、鶴と舞います」がいい(*^_^*)

(クリックすれば拡大します。)

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船尾には、こんな天使もいます。

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今日も青い瀬戸の海を、亀を乗せた白い船が走っています。

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小豆島を牛にたとえると鼻の辺り、島の最西端の戸形。

棒が立った小さな島が見えます。

何に使う棒だと思いますか?

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日を改めて夕方に訪ねてみました。

大潮の夕暮れです。潮が引いています。

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つながった小島に渡ってみます。

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現れた岩場の海草が、残照に染まっています。

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祠には恵比寿さんが祀ってありました。

「大漁祈願」と読めます。

暗くなるまで岩場で、冷たい春風に吹かれていました。

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小豆島を牛にたとえると後ろ足の付け根にあたる洞雲山。

標高が400m近くあるので、桜もつぼみのままです。

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花崗岩の岸壁にへばり付くように伽藍が点在します。

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本堂も修験道の洞窟の中の高い所にあります。

階段を登って、中に入ってみます。


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中は人気がなく、静けさと神秘さが漂います。

私たちの般若心経を唱える声だけが響きます。

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唱え終わり、洞窟の隙間から外をながめて見ました。

見えるのは、二十四の瞳の大石先生が通った「岬の半島」です。

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讃岐10景に指定されている展望台まで歩いてみました。

観音様が立つ(右隅)むこうに瀬戸の海と島がけむって見えました。

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