はじめに
小説「小豆島恋叙情」の「連載」も、いよいよ15話。 当初は、15話で「完結」予定でした。 しかし、みなさんからのコメントをいただいて、新たに書き足したのが本編。 多門寺の住職への取材を敢行し、「最大の長編」となりました。(^_-) 前・中・後編の3回に分けてお届けします。 おつきあいいただければ幸いです。
| 小豆島恋叙情第15話 虫送り 鮠沢 満 作 |
小豆郡土庄町肥土山、小豆島霊場第四十六番、多聞寺。
本尊に薬師如来、前庭に築山があり、築山の地下には不動明王が奉られている。
正面入り口に梵鐘があり、これは農村歌舞伎が行われる離宮八幡宮から献上されたもので、
町指定文化財の一つ。
ここ多聞寺は、半夏生に当たる七月二日、
「五穀豊穣」「害虫駆除」「厄災消除」「如意円満」を
祈願する「虫送り」の行事が行われる寺として知られている。

太陽が西に大きく重心を傾けた頃、多聞寺本堂では住職が虫除けと豊作のための祈祷を始めた。
太陽から火を取った灯明が、次第にオレンジ色の輪を広げ、その輪郭を濃くしていった。
大般若経を転読する住職の全身が熱を帯び、打ち震え、あたかも仏が憑依したような不思議な感慨に襲われる。
両手にひしと握られた大般若経。
これをパラパラめくる音が本堂にこだまし、読経の声が一層大きくなると、
西日に色付き始めた山合の地は分厚い陶器に包含されたような静寂に包まれた。
住職は本尊の御前に供えてある燈明から火を分け、朱塗りの手燭に移した。
それから旧毘沙門堂にある「虫塚」で読経し虫の供養した後、
離宮八幡に移り、境内前にある「たいまつ」に火を灯した。
「火入れ式」である。
子供たちが嬉々とした表情で「火手」と呼ばれるたいまつをかざしながら火に近づいていく。
中には今年初めて虫送りに参加するため、恐る恐る火に歩み寄る子供もいた。
直樹もその一人だった。
火はたちまちにして子供たちのかざした火手に乗り移った。
最初小さかった炎がやがて意志を持った生き物のようにめらめらと燃え盛った。
山の稜線越しに仰ぎ見る空は、夕暮れの寂寥で狭まりつつあった。
盆地状の山里が息をひそめ横たわっていた。
そこに流し込まれた夕焼けの赤と、燃え盛るたいまつの炎の赤が舐め合い、よじり合わさって、新たな赤が生まれた。
パチパチと炎のはぜる乾いた音が、谷間の集落、こんもりと陰影となって盛り上がった木立の群れに散った。
土と草の匂いを吸い取った柔らかな風が木々を揺らし、葉裏に隠れた梅雨の湿っぽい鬱陶しさをも払い落としていった。
炎はいよいよ大きくなり、それに奮い立てられた子供たちの歓声も自然と大きくなった。

直樹がやや及び腰で、丸々と膨れ上がった龍の胴体のような炎と格闘していた。
「あの子大丈夫かしら」
沙織が心配そうに我が子を見守っている。
「平気さ。お前なんか今の直樹よりもっと小さい頃から、火を振り回して遊んでいたじゃないか」
努がいかにも冗談ぽく沙織に言った。
「またそれを言う。恥ずかしいんだから」
沙織はそこで言葉を切り、もう一度直樹の方に母性に満ちた視線を送った。
炎にゆらめく直樹の顔が、この頃とみに努に似てきたと思った。
子供たちが火の輪の中にいる。
努も沙織もそれに加わった。
日はすでに山の向こうに落ち、薄闇が里山の斜面を歩み下りようとしていた。
子供たちが元気な声を張り上げながら、畦道を練り歩き始めた。
揺らす火が、薄闇を裂いてゆるやかな軌跡を描く。
その幽玄とした炎の軌跡が結び合う。
その結び目は、この上もなく尊いものが生まれた証であるように思えた。
「直樹もすっかり慣れたようね」
「アヒルの血を引いてるからね」
「カバ雄君の血はないの」
「残念だが、火の扱いは君の方が上だ」
「そんなこと言うと、また火傷するわよ」
「神様がもう一つ幸せをくれるんだったら、甘んじて受けてもやぶさかでないね」
「あなたって欲張りね。私は今のままで十分」
「あやしいね」
「本当よ。直樹、それに……」
「それにどうした」
「あなたはいつもそうやって私にばかり言わせようとするんだから。
それって男らしくないわ。
その点に関しては、あなたは子供のときのままね」
なるほどそうかもしれない。
沙織とまっすぐ向かい合って、ストレート勝負したことがなかった。
カーブも一つの愛情表現なんだが……。
そっぽをむいた沙織に
「また怒らせたかな」
と言うと、
「あっかんべー」
と返してきた。
「お母さんとお父さん何やっているの」
直樹がいつ来たのか、不思議そうに二人のやり取りを眺めていた。
「お父さんがお母さんをいじめるの。直樹、助けて」
「じゃあこの火貸してあげるよ。悪い虫は退治しなくっちゃ」
「直樹、それはダメだ。母さんは火を持つと……」
努が言い終わらないうちに、沙織はたいまつをまっすぐ努の前にかざしていた。
「うん、この感じ。懐かしいわ。
お父さん、あの日のこと思い出すわね」
さらにたいまつを努の方に近づけてくる。
目が完全に笑っている。

「お母さん、あの日のことってなあに?」
「虫退治のこと。お母さんね、
小さいとき意地悪な虫を退治したことがあるの。
今思い出してもそれはそれは大きな虫だったわ」
「大きいって、どれくらい大きかったの」
直樹は真剣だ。
「今の直樹を少し大きくしたぐらい」
「どんな顔してた」
「顔?」
沙織は返答に窮したが、いいことを思い付いたと言わんばかりに少し勿体ぶって言った。
「何て言ったらいいのかしら。
一言で言うと物凄くこわい顔。
そうね、お父さんが怒ったときの顔。
あれそっくり。
分かるでしょう」
「じゃあ怪獣みたいなやつだね」
「そう、怪獣」
沙織は、私を困らせるとこんなことになるのよ、分かったでしょう、
と目元に小皺さえ作って笑いかけてきた。
いかにもしてやったりという感じだ。
それに対し、努は両手を広げ心持ち肩をすくませた。
君には負けたよ。
それが努の返答だった。
「ねえ、その虫最後にどうなったの」
直樹はまだ食い下がってくる。
「最後にって?」
沙織は、実は今そばにいるのがその虫なの、と返答しようかどうか迷っていると、
「ほらほらみんなが待ってるぞ。直樹、早く行きなさい」
努が助け船を出してくれた。
友達が直樹に向かって、早く来い、と手を振っている。
直樹は沙織からたいまつをもらうと、仲間のところに走っていった。
いよいよ蓬莱橋までの約一キロ、炎が夜気を焦がしながら幻想的に揺らめく。
「やはり火を持たせたら、君の方が一枚も二枚も上だな」
「見直した?」
「ああ、惚れ直したよ」
〈稲虫来るな、実盛失せろ〉
子供たちの声が薄闇の帳を掻き破るように聞こえてきた。
虫送りの始まりは、1661年(江戸時代)頃と言われている。
当時は現在のように農薬がなかった。
そのため、各家では稲についた虫を退治するために、火の点いたたいまつ(火手)を持ち、
太鼓と鉦を鳴らしながら般若心経や火天呪などを唱え、田んぼの畦道をぐるぐると練り歩いた。
斎藤実盛は平安末期の武将で平家に味方し、源義仲との戦に於いて、
稲に足を取られつまずいたたために討たれてしまった。
そのため稲を恨み、稲虫になったという。
火手隊の出発は、現在は肥土山離宮八幡宮となっているが、
昔は中山→肥土山→黒岩→上庄→北山、そして最後に瀬戸内海へと日をずらせながら虫を送った。
もともと連帯の強い地域で、この虫送りの儀式も村が共同で行っていたものである。
虫送りの日は田植えを終えた慰労の日で、「足洗の日」とも言われ、
どの家でもたらいうどんを食べる風習がある。
尚、火手に点ける火は多聞寺本堂の燈明から移すが、この燈明の火は太陽の光から取る。
(以上は多聞寺住職より)
本尊に薬師如来、前庭に築山があり、築山の地下には不動明王が奉られている。
正面入り口に梵鐘があり、これは農村歌舞伎が行われる離宮八幡宮から献上されたもので、
町指定文化財の一つ。
ここ多聞寺は、半夏生に当たる七月二日、
「五穀豊穣」「害虫駆除」「厄災消除」「如意円満」を
祈願する「虫送り」の行事が行われる寺として知られている。

太陽が西に大きく重心を傾けた頃、多聞寺本堂では住職が虫除けと豊作のための祈祷を始めた。
太陽から火を取った灯明が、次第にオレンジ色の輪を広げ、その輪郭を濃くしていった。
大般若経を転読する住職の全身が熱を帯び、打ち震え、あたかも仏が憑依したような不思議な感慨に襲われる。
両手にひしと握られた大般若経。
これをパラパラめくる音が本堂にこだまし、読経の声が一層大きくなると、
西日に色付き始めた山合の地は分厚い陶器に包含されたような静寂に包まれた。
住職は本尊の御前に供えてある燈明から火を分け、朱塗りの手燭に移した。
それから旧毘沙門堂にある「虫塚」で読経し虫の供養した後、
離宮八幡に移り、境内前にある「たいまつ」に火を灯した。
「火入れ式」である。
子供たちが嬉々とした表情で「火手」と呼ばれるたいまつをかざしながら火に近づいていく。
中には今年初めて虫送りに参加するため、恐る恐る火に歩み寄る子供もいた。
直樹もその一人だった。
火はたちまちにして子供たちのかざした火手に乗り移った。
最初小さかった炎がやがて意志を持った生き物のようにめらめらと燃え盛った。
山の稜線越しに仰ぎ見る空は、夕暮れの寂寥で狭まりつつあった。
盆地状の山里が息をひそめ横たわっていた。
そこに流し込まれた夕焼けの赤と、燃え盛るたいまつの炎の赤が舐め合い、よじり合わさって、新たな赤が生まれた。
パチパチと炎のはぜる乾いた音が、谷間の集落、こんもりと陰影となって盛り上がった木立の群れに散った。
土と草の匂いを吸い取った柔らかな風が木々を揺らし、葉裏に隠れた梅雨の湿っぽい鬱陶しさをも払い落としていった。
炎はいよいよ大きくなり、それに奮い立てられた子供たちの歓声も自然と大きくなった。

直樹がやや及び腰で、丸々と膨れ上がった龍の胴体のような炎と格闘していた。
「あの子大丈夫かしら」
沙織が心配そうに我が子を見守っている。
「平気さ。お前なんか今の直樹よりもっと小さい頃から、火を振り回して遊んでいたじゃないか」
努がいかにも冗談ぽく沙織に言った。
「またそれを言う。恥ずかしいんだから」
沙織はそこで言葉を切り、もう一度直樹の方に母性に満ちた視線を送った。
炎にゆらめく直樹の顔が、この頃とみに努に似てきたと思った。
子供たちが火の輪の中にいる。
努も沙織もそれに加わった。
日はすでに山の向こうに落ち、薄闇が里山の斜面を歩み下りようとしていた。
子供たちが元気な声を張り上げながら、畦道を練り歩き始めた。
揺らす火が、薄闇を裂いてゆるやかな軌跡を描く。
その幽玄とした炎の軌跡が結び合う。
その結び目は、この上もなく尊いものが生まれた証であるように思えた。
「直樹もすっかり慣れたようね」
「アヒルの血を引いてるからね」
「カバ雄君の血はないの」
「残念だが、火の扱いは君の方が上だ」
「そんなこと言うと、また火傷するわよ」
「神様がもう一つ幸せをくれるんだったら、甘んじて受けてもやぶさかでないね」
「あなたって欲張りね。私は今のままで十分」
「あやしいね」
「本当よ。直樹、それに……」
「それにどうした」
「あなたはいつもそうやって私にばかり言わせようとするんだから。
それって男らしくないわ。
その点に関しては、あなたは子供のときのままね」
なるほどそうかもしれない。
沙織とまっすぐ向かい合って、ストレート勝負したことがなかった。
カーブも一つの愛情表現なんだが……。
そっぽをむいた沙織に
「また怒らせたかな」
と言うと、
「あっかんべー」
と返してきた。
「お母さんとお父さん何やっているの」
直樹がいつ来たのか、不思議そうに二人のやり取りを眺めていた。
「お父さんがお母さんをいじめるの。直樹、助けて」
「じゃあこの火貸してあげるよ。悪い虫は退治しなくっちゃ」
「直樹、それはダメだ。母さんは火を持つと……」
努が言い終わらないうちに、沙織はたいまつをまっすぐ努の前にかざしていた。
「うん、この感じ。懐かしいわ。
お父さん、あの日のこと思い出すわね」
さらにたいまつを努の方に近づけてくる。
目が完全に笑っている。

「お母さん、あの日のことってなあに?」
「虫退治のこと。お母さんね、
小さいとき意地悪な虫を退治したことがあるの。
今思い出してもそれはそれは大きな虫だったわ」
「大きいって、どれくらい大きかったの」
直樹は真剣だ。
「今の直樹を少し大きくしたぐらい」
「どんな顔してた」
「顔?」
沙織は返答に窮したが、いいことを思い付いたと言わんばかりに少し勿体ぶって言った。
「何て言ったらいいのかしら。
一言で言うと物凄くこわい顔。
そうね、お父さんが怒ったときの顔。
あれそっくり。
分かるでしょう」
「じゃあ怪獣みたいなやつだね」
「そう、怪獣」
沙織は、私を困らせるとこんなことになるのよ、分かったでしょう、
と目元に小皺さえ作って笑いかけてきた。
いかにもしてやったりという感じだ。
それに対し、努は両手を広げ心持ち肩をすくませた。
君には負けたよ。
それが努の返答だった。
「ねえ、その虫最後にどうなったの」
直樹はまだ食い下がってくる。
「最後にって?」
沙織は、実は今そばにいるのがその虫なの、と返答しようかどうか迷っていると、
「ほらほらみんなが待ってるぞ。直樹、早く行きなさい」
努が助け船を出してくれた。
友達が直樹に向かって、早く来い、と手を振っている。
直樹は沙織からたいまつをもらうと、仲間のところに走っていった。
いよいよ蓬莱橋までの約一キロ、炎が夜気を焦がしながら幻想的に揺らめく。
「やはり火を持たせたら、君の方が一枚も二枚も上だな」
「見直した?」
「ああ、惚れ直したよ」
〈稲虫来るな、実盛失せろ〉
子供たちの声が薄闇の帳を掻き破るように聞こえてきた。
虫送りの始まりは、1661年(江戸時代)頃と言われている。
当時は現在のように農薬がなかった。
そのため、各家では稲についた虫を退治するために、火の点いたたいまつ(火手)を持ち、
太鼓と鉦を鳴らしながら般若心経や火天呪などを唱え、田んぼの畦道をぐるぐると練り歩いた。
斎藤実盛は平安末期の武将で平家に味方し、源義仲との戦に於いて、
稲に足を取られつまずいたたために討たれてしまった。
そのため稲を恨み、稲虫になったという。
火手隊の出発は、現在は肥土山離宮八幡宮となっているが、
昔は中山→肥土山→黒岩→上庄→北山、そして最後に瀬戸内海へと日をずらせながら虫を送った。
もともと連帯の強い地域で、この虫送りの儀式も村が共同で行っていたものである。
虫送りの日は田植えを終えた慰労の日で、「足洗の日」とも言われ、
どの家でもたらいうどんを食べる風習がある。
尚、火手に点ける火は多聞寺本堂の燈明から移すが、この燈明の火は太陽の光から取る。
(以上は多聞寺住職より)

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