エッセイ「想 遠」(小豆島発 夢工房通信)

はじめに

文:鮠沢 満 (^o^) 写真:「瀬戸の島から」

 自分の中に風が起こり、私という個体を形作る繊維にそって流れると、全身がふんわり軽くなって透き通ってしまう。気が付くと、まばゆい光の粒子に包まれた洗い立ての自分がいる。
生きている!
これまでにこんな経験をしたことがありますか。

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 青い海と豊かな自然。
これを滋養にすくすく育った小豆島は実に美しい。
それもただの美しさではない。
涙が出るほど美しいのだ。
四季の移ろいをこれほど見事に映し出す場所も珍しい。
その真綿のように柔らかな懐に抱かれていると、身も心も洗われ、老いていく自分ではなく、逆に若返っていく自分を感じてしまう。再生神話という言葉がぴったりだ。
それにここに暮らす人たちがまたいい。
素朴で気取ったところがない。
素の人間というか、生身の人間をあっけらかんとしてさらけ出している。
だから温かい。人間同士の絆が生まれないはずがない。

 そうだ! 残り少なくなったおいらの人生。
このまま拱手傍観して無為徒食の日々を繰り返すんじゃだめだ。
世界遺産にしてもいいようなこの島を、できるだけ多くの人に知ってもらうこと、そして私と同じ体験をしてもらうこと。それってもしかすると、意外に意義のあることじゃないの?
「うん、きっとそうだよ」
一人納得したところに偶然通りかかった「瀬戸の島から」氏。
彼が私の独り言に、「何が、うん、きっとそうなんだよ」ときた。

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 私はかくかくしかじかでござると簡潔に説明すると、彼の目が西表(いりおもて)山猫の如くらんらんと輝きだし、
「それなら俺にも一枚噛ませろ」
と唸り声に似た声を発したのだ。
彼もこよなく小豆島を愛する人物の一人なのである。
ごもっとも。
「一枚でも二枚でもいいよ。そのオオカミのような立派な歯でガブリとやればいい」
「じゃあ決まりだ」
かくして見事に手打ちは終わり、『小豆島恋叙情』の迷コンビの二度目の旗揚げと相成った。
やれば何かが残る。足音じゃなくって足跡が。
確証があるわけでもないのに、私たち二人は意気投合し、早くもめいめいの思惑にしたり顔。
う~ん、単細胞。まさにゾウリムシ人間。
でもこの際、結果は考えないことにした。

なにはともあれ、世の中を諦観の気持で眺めている中年男にとっては、とにかく一歩を踏み出すことが大切なんだ。もしかすると途中で私が、若しくは「瀬戸の島から」氏が、それとも双方が棒を折ってしまうかもしれない。
蹌踉として進まず、さまよい道に迷うかもしれない。
疲労困憊し道端にへたり込んで、長い長い休憩に入るかもしれない。
そうなったときには、この連載を読んでくださる皆様の力を貸して戴きたい。
なあにそんな大それた頼み事ではありませんのでご安心を。
ちょっと私たち二人の背中を押してくれさえすればいいのです。
崖っぷちに立った友達の背中を、冗談交じりに押すように。
何度かやったことあるでしょう。
ついでに、「おっさん、元気出せよ」と言って、冷えたオロナミンCでも差し入れしてくれると文句なし。
そうすれば、単純細胞のゾウリムシはまたやる気を起こして、よいしょ、と立ち上がりますから。
これはいわば私たち二人の挑戦なんです。五十路男のね。

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 ここでちょっと話が逸れますが、僕たちが少年、少女だった頃を思い出してみてください。
みんなきらきら輝いていたはずだ。
喩えて言えば、あの頃の僕たちはまさに畑からとってきたばかりのスイカだった。
まだ湿った土さえ付いていた。それを水洗いして、包丁で真っ二つにざっくり切る。
現れる真っ赤な果肉。そこからしたたり落ちる甘い汁。
あの頃の僕たちはみんなそれと同じだった。
瑞々しい感性に溢れていた。
歳を取るとつまらなく思えるどんなちっぽけなことにも、好奇の目を輝かせ、感嘆の声を上げ、
恐れながらもそれに手を伸し、かぶりつき、味わい、そして腹ぺこの胃の附に落としたのだ。
もう忘れましたか、こんな経験。
だったらもう一度取り戻してみませんか。
ちっぽけだったかもしれないけど、きらきら輝いていたあの頃の自分を。

 人生は片道切符の一人旅。
どうあがいたって後戻りもやり直しもできない。
それに時刻表だってないに等しい。
それなら自分の流儀で、思う存分終着駅までの旅を楽しんでやろうじゃないか。
別段、急行列車で行く必要もないし、それに冷暖房完備の指定席でなくてもいいのだ。
コットンコットン鈍行列車に揺られながら、窓外に展開する風景の一コマ一コマをコレステロールで固まった感性の起爆剤とし、心の隅々まで晴れわたるいい旅ができるならもう最高。でしょう?


 そのためには? 
そうだ。後ろを振り返ることより先に想いを馳せることにしよう。
毎日を一期一会と思って生きることにしよう。
『想遠』というタイトルの所以はそこにある。
また、小豆島を離れた人たちだけでなく、まだこの地を訪れたことのない人たちにも、小豆島のことを脳裡に描いて戴き、遠くからでもいいから大切に想ってほしいという願いも込めたつもりである。

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 このエッセイの中に、突如として小説の断片らしきものが割り込んでくるが、奇をてらった新しい文章技法ではない。単なる筆者の気まぐれに過ぎない。
目障りなら飛ばし読みしていただいて結構。
エッセイの脈絡を犯すものでないことを、一言お断りしておく。
 ついでにもう一つ。
『小豆島恋叙情』と重複する部分があるが、そこは狭い小豆島のこと、ご理解戴きたい。

              *

〈案内します。午前零時発、夢の浮島こと小豆島ゆきエンジェル号が間もなく出発します。
ご利用のお客様は、零番線までお急ぎください。
なお、切符は「夢の窓口」にてお買い求めください。
お急ぎくださ~い。エンジェル号、間もなく出発で~す〉
「おい相棒、そろそろ出発だとよ」
「あいよ」
「切符持ってるな」
「ああ、片道切符でよけりゃな」
ピーポッポッポーピー
 二人が乗り込んだのは所々に錆の浮いた老列車だった。
しかしいざ出発の段となると、汽笛を鳴らして気合いを入れるほどかくしゃくとしていた。
車体がズシンと震え、エンジン音が一層高くなった。
景気のいい汽笛が眠りの底にいた構内に響き渡ると、未来を描くことを忘れたつがいの鳩が、鉄骨の隙間で重い鉛の瞼を開いた。
「おいこんな時間になんだよ」
「夢の浮島に向かう夜行列車よ」
「夢拾い、か。人間のやることは理解に苦しむよ、まったく」
「もう夢なんてどこにもないのにね。馬鹿みたい」
  
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 夢拾いの乗客を乗せたエンジェル号は、無数の星が瞬く夜空に向かって出発していった。
「ヴォンヴォヤージ」
「瀬戸の島から」氏が言った。
「ボンボンおやーじ?」
 と私。
「君も相当耳が遠くなったね」
「心配ご無用。小豆島で新しい耳拾ってくるから」
「貝のやつ? あれはいいよ。海の響きが聴けるからね。このごろはやりのiポッドよりよほどの優れもんさ」



はじめのおわりに
ということで、始まってしまいました。(-_-;)
小説を書き終えて
「貯めてきた物をはき出して、すっきりした。」
「もう当分、何も心には貯まらん。筆をもつことはないぞ」
と言っていた「鮠沢 満」氏。

ところが、にこにこしながら近づいてきて曰く
「エッセイみたいな軽いもんやったら書ける気がしてきたわ」から
「島のために書きたい」 に変わり
「できたぞ」(^_^;)

そんないきさつで、性懲りもなくスタート。
さてどうなりますことやら。
不安(ファン)一杯の門出です(^_^)/~
時々、覗いてやってください。
瀬戸の島から