エッセイ「想 遠」(小豆島発夢工房通信)


第4話 四方指
文………鮠沢 満     写真……「瀬戸の島から」

寒霞渓から見てちょうど真南にあるのが四方指。
「しほうざし」と読む。標高777メートル。
小豆島唯一の高原「美しの原高原」にある。
ここからだと、東西南北四方が見渡せる。
晴れた日には、鹿の角?みたいな内海湾、大部、池田、土庄等々、小豆島が一望できる。
まさに欲張りスポット。

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 私が高校の卒業記念にと知音二人とともに小豆島に来たとき、一番感動したのがここだった。
残念ながら季節の関係もあったのだろうが、寒霞渓ではなかった。
「おい、こりゃ天国や」
 と私。
「まだ死んでないぞ」
 単純なYが半畳を入れる。
「馬鹿。比喩じゃ、喩えじゃ。素麺じゃ」
 今度はTの番だった。
「お前、まだ酔ってるのか」
 私がTに訊いた。
「あれしきの酒で酔うもんか」
 Tが笑いながら返してきた。
「そうだよな。三人でビール十五本程度じゃな」
 Yがとぼけたように言った。
「じゃあ、これでもやるか」
 Tがポケットからウイスキーの瓶を取り出した。
 私たち三人は、ときどき受験勉強に疲れたら、寄っては酒盛りをしていた。

 小豆島へやって来たのは、卒業式から二週間くらいしてだったと思う。
というのも大学の合格発表の後で、三人ともまがりなりにも行き場所を確保でき、ほっとしていたからだ。
三月の終わりにはそれぞれ違った大学に進み、ばらばらになってしまう。
そこで思い出記念旅行に行こう。
そう提案したのは他でもないこの私だった。
だが肝心な金がない。
そこで浮かんだのが、貧乏高校生である私たちにしてみれば、一応海外であり、
そして旅行らしい気分にひたれるのではないかという淡い期待を抱かせた小豆島であった。

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 果たして小豆島は私たちの期待を裏切らなかった。
私たち三人は、よく歩き、よくしゃべった。
夜は昼の疲れもものともせず、酒を飲みながら将来を、好きな女の子のことを語った。
(残念ながら、三人とも振られたが……)
そう、青春を熱く語ったのだ。
前の晩しこたま飲んで少々酒が残っていたが、私たち三人は元気そのものだった。
翌日、内海町の遍路宿を出発、寒霞渓、そして四方指と歩いてきたのである。

 春の柔らかな光に包まれた小豆島は、目にもさやかに輝いていた。
洗い立てのようなすがすがしい空気に、若葉が匂っていた。
高校を卒業したばかりの私たちそのものだった。
ういういしくて、傷つきやすく、そして無知でタケノコのように単純。
これから出て行く都会のことも、また、大学を卒業したら待ち受けている世間という魔物に対しても恐れを知らなかった。
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 穢れなき青春。(飲酒癖のある高校生のどこが穢れなきじゃ? すいません!)
四方指からの眺めは、非の打ち所がなかった。
それほど素晴らしかったのだ。
私の心に一つの風景画を刻みつけた場所であったことだけは間違いない。
なぜなら、私は小豆島から帰るやイーゼルとキャンバスを押し入れから引っ張り出し、
四方指から内海湾を俯瞰した油絵を描き、それを勉強机の上に飾っていたからである。
 何の因縁か、私はその四年後、大学を卒業すると小豆島に赴任を命ぜられた。
Yは現在、イオングループの常務取締役になり、Tは大手銀行を早期退職して、
好きなフルートを吹きながら中国から輸入した硯を売っている。

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 四方指からは、その呼び名に違わず四方が見渡せた。
しかし、そのとき私たち三人の将来はまったく見えなかった。
それでも未来に不安を抱かず、前へ進む元気だけはあった。
それは青春という誰もが通過する時期にのみ持つことを許される勲章だったに違いない。
「知音」とは、奏でる音を聞いてそれが誰か分かる。
そういう間柄を指す。
心を許し合った真の友。
まあ言うなれば、飼い犬が足音でご主人様と分かるに等しい。

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 歳月は人を待たない。
久し振りに高校時代のことを肴に酒盛りでもやらかすか。
でも最近めっきり酒の量が減った。
これが心配だ。
音は音でも、飲み過ぎてお鈴の音を聞かないようにしなければ……。

お鈴鳴って
友を知る
ー満ー