第6話 消えゆく島 |
文………鮠沢 満 写真……「瀬戸の島から」
私が住む官舎から少し行ったところに、「木香の浜」というところがある。 昔は海水客で賑わったんだろうな、と想像させる美しい砂浜である。 私は毎朝四時半に起床してそこまで走ることにしている。 片道一、五から二キロくらいか。 途中にある鹿島の海岸線は、いつも心を和ませてくれる。 潮風を受けながら十分ほど行くと、坂道にさしかかる。 一見緩やかに見えるが、なかなかどうしてこれが曲者で、じわじわ足に乳酸が貯まり出す。 そのうち息も荒くなる。 でもそれを登り切ると、左下に視界が開け、白い浜が見えてくる。 それが木香の浜である。しかし昨年の四月に赴任して以来、毎日のようにそこまで走っているが、 一度も砂浜まで降りていったことがなかった。 冬場はまだ真っ暗で、砂浜さえ見えない。 ただ波が海岸線を洗う音だけが、かすかな響きとなって闇の隙間を縫うように聞こえてくる。 久し振りに散歩がてら出かけてみることにした。 三十年前の記憶にあるその浜は、貝を裏返して敷き詰めたように白く、 柔らかな日差しにも眩しかったのを覚えている。 空と海のブルーを含んだ波が砂浜で砕けるたび、さらに眩しい白が水際を飾った。 砂浜は長く、波打ち際はウェディングドレスの裾のようであった。 何十メートルも先にブーケを持った花嫁がいそうであった。 沖をゆく船と蜃気楼みたいに浮かぶ島影。 これらがともすれば単調になりやすい海の広がりにアクセントを付けていた。 それともう一つ、背の高い椰子の木が二十五本ばかり植えられていて、 海から吹き付けてくる風に巨大な葉を揺らめかせ、熱帯性の熱を発散させていた。 私の記憶にあるその浜の残像とは、南国情緒たっぷりの風景だった。
でもそこに足を運んでみて、胸が痛んだ。 予想はしていたものの、実際に行ってみて昔の記憶にある残像と現実との乖離は大きかった。 世の中って所詮こんなもんだろう。 そこに行く前から、まさかのときのために用意しておいた言葉がつい口をついて出てしまった。 砂浜は相変わらず美しかった。 椰子も一本も欠けることなくあった。 砕ける波も当時と同じように眩しかった。 では何が? 野外ステージは壊れ、その回りは夏草が我が物顔に生い茂っていた。 まさに、強者どもが夢の後、である。 それに誰が捨てたのか、粗大ゴミさえあちこちに顔を覗かせていた。 さらに先へと進み砂浜に降りると、状況はまさしく悲惨そのものであった。 どこから流れ着いたのか、ペットボトル、プラスチック、発砲スチロールと、 現代文明が生み出した悪しき副産物が所狭しと散逸していたのである。 一時期、豊島の産業廃棄物が全国的な注目を集めたが、 これを見て小豆島とて楽観視できないことが分かった。 おそらく日本中がこういう状況なんだろう。いや、世界中が。
島が消える。 南太平洋のポリネシアの西端に位置するツバルという珊瑚礁の島々は、 温暖化のために水位がどんどん上がって、島そのものが海に消えようとしている。 小豆島はどうだ? 小豆島がゴミに消える。 想像するだけで恐ろしいじゃないか。 世界遺産にしてもいいような小豆島が、「夢の浮島」ならぬ「ゴミの浮島」。 「夢拾い」ならぬ「ゴミ拾い」。 こうなってはシャレにもなりゃしない。 このブログを借りて、おっさんは叫ぶぞ。 本気だぜ。耳の穴かっぽじって聞いてくれ。 みなさ~ん、ポイ捨てやめようぜ。 自分のゴミは自分で処分しろ。 でなかったら、俺たちの地球は本当に消えちまうぞ。 最後に、ルールとかモラルをおっさん連中は口やかましく言うが、 それはその社会がどれだけ成熟しているかを示すバロメータなんだ。

コロン カンカンキーン
「今の音、何よ」
菌子は右手でハンドルを握り、左手でメールを打ちながら自転車をこいでいた。
「知らねえ。バッタとキリギリスが野球でもやってんじゃねえのか」
菌太がすまし顔で答えた。
「あんたね、いい加減にしなよ」
菌子は自転車を止めた。
「拾ってきなさいよ。空き缶ポイ捨てするなんてみっともないじゃん。
デリカシーのない男って、大嫌い」
菌太は自転車の荷台から降りると、投げ捨てたジュースの缶を渋々拾いに行った。
「何で俺に注意しやがる」
菌太は毒づいた。
「何か言った?」
「別に」
菌太は足で缶を蹴飛ばしながら帰ってきた。
「あんた運転しなさいよ」
「どうして?」
「運転していればぽい捨てしないでしょう」
「偉そうに」
菌太は不満そうにハンドルを握った。
数分後。
コロン ビンビンビーン
「今の音、何だよ」
「知らないわ。猿とカニがゲームやってんでしょう、きっと」
菌太が肩越しに後ろを見ると、オロナミンの壜が転がっていた。
まさに、ビンビンビーン。
こりゃどっちもどっちだ。
付ける薬がないとは、まさにこのこっちゃ。
世の中暗いぜ。「今の音、何よ」
菌子は右手でハンドルを握り、左手でメールを打ちながら自転車をこいでいた。
「知らねえ。バッタとキリギリスが野球でもやってんじゃねえのか」
菌太がすまし顔で答えた。
「あんたね、いい加減にしなよ」
菌子は自転車を止めた。
「拾ってきなさいよ。空き缶ポイ捨てするなんてみっともないじゃん。
デリカシーのない男って、大嫌い」
菌太は自転車の荷台から降りると、投げ捨てたジュースの缶を渋々拾いに行った。
「何で俺に注意しやがる」
菌太は毒づいた。
「何か言った?」
「別に」
菌太は足で缶を蹴飛ばしながら帰ってきた。
「あんた運転しなさいよ」
「どうして?」
「運転していればぽい捨てしないでしょう」
「偉そうに」
菌太は不満そうにハンドルを握った。
数分後。
コロン ビンビンビーン
「今の音、何だよ」
「知らないわ。猿とカニがゲームやってんでしょう、きっと」
菌太が肩越しに後ろを見ると、オロナミンの壜が転がっていた。
まさに、ビンビンビーン。
こりゃどっちもどっちだ。
付ける薬がないとは、まさにこのこっちゃ。

夜空の真ん中にひょいとハンモックをつるして、銀色の月が寝そべったまま、 恥ずかしそうに半分だけ顔を出している。 手には絵筆。 顔にはいかにも楽しくて仕方ないといった悪戯っぽい笑い。 ハンモックの縁から小さなバケツを傾け、 そろそろと銀色の光を垂らすと、 長い砂浜に寄せる波の背に銀の絵の具を塗っていった。 遊びに興じていた月が何を思ったのか、絵筆の動きを止め、 ぐっと前に差し出してそのままじっと待った。 しばらくすると、筆先に小さな銀の滴が生まれ、 次第に大きく膨らんでいった。 最後に星のきらめきを抱えきらっと光ると、 その光の重さに筆先からぽつりと落ちた。 銀の流れ星。 誰かが流した涙? ううん。それは月からの贈り物。 小島の磯がふわっと明るくなって、 夢を枕に眠るおっさんの頬に留まった。 そして小さな声がした。 「いつもわたしを見守ってくれて、ありがとう」渋くてぎざぎざの夢を見ていたおっさんが、 う~ん、と唸って、そしてぱっと笑った。
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