随想 膝の上 第2話 痕跡
鮠沢 満作
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自然。
私たちはこの言葉を普段よく使う。
しかし実はこの言葉、未知数に富んだ言葉で、すごい力を持っている。
未知数に富んでいるから、偉大。
点とか線とか面といった一次元的な広がりしか持たないのではない。
なのにその自然の未知数にも限界が見えてきた。
大学生のとき初めてスイスを訪れた。
もうかれこれ三十年以上も前のことになる。
このときグリンデルワールド近くにはまだ氷河が残っていて、
ホテルから少し登ったところでも、その尻尾に触れることができた。

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しかし、つい先般、あることで再訪の機会に恵まれた。
が、状況は一変していた。
それも壊滅的に。
いつ切られたのか氷河の尻尾はなかった。
蜥蜴の尻尾なら、切れてもまた生えてくるだろう。
しかし氷河はそうはいかない。
肝心の胴体の方も当時より遙かに後退し、栄養失調みたいに痩せていた。
まるで末期のガン患者そのものだった。
 数日後、モンテローザを訪ねた。
ここも同じく、目を覆いたくなる状況だった。
眼下には雄大な氷河が夏の太陽に光の帯をきらきらさせていると思いきや、
どす黒く変色し、かつての半分くらいまでに細くなっていた。
これはほんの一例。
北極では氷が溶け始め、北極熊、アザラシ、その他諸々の生物が絶滅の危機に瀕しようとしている。
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「人間は何もないことを前提に造られている」とは空海の言葉である。
これは無から無へという俗に言う「無常の世界」を示唆する部分もあるのだろうが、
もう一つ、何もないところから物を造り生きるという、
人間が無から有を生む「生の有意義性」をも示唆しているように思う。
我々が生まれ落ちた自然という器は無の器。
あくまで人間はその無の中の一要素。
その無の器の中で有を創造し、生きる。
間違っても我々を包含する自然を征服しようなどと考えるものではない。
それは金の卵を産むガチョウを内側から傷つけるに等しい。
氷河の尻尾はもう帰らない。
帯も太くはならない。
失ったら取り戻せばいい。
その発想は、出発点がそもそも狂ったルールに支配された現代社会では通用しない。
文字どおり無は無に過ぎない。
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 祐介はどこからともなく吹いてきた風を背中に感じた。
風の中に芯があり、眠っている意識を呼び覚ます冷ややかさがあった。
彼は自分に何かが起ころうとしていることを意識した。
息を殺し、目を閉じた。周囲の景色が意識の外へと遠ざかっていく。
昨日別れ際に言った祐子の愛の告白とも取れる言葉が、
夏の太陽に舐められたようにぐんにゃりと曲がって、新鮮な意図も失われていった。
それだけではない。
明け方見た夢の断片、それは祐子と愛を確かめ合った瞬間だったが、
それさえも漂白されたうえに、粉末になって飛び散ってしまった。
祐介を包む宇宙は拡大していた。
今まで意味を持っていた一つひとつのものが、
宇宙の拡大に反比例するようにそれほど大事とは思えなくなってきた。
祐介の意識も遠心力に任せ遠のいて薄くなり、
自分が祐介という一個の人間であることさえ忘れかけようとしていた。
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 意識の最後の糸にぶら下がったとき、自分を遠くから見つめているもう一人の自分を感じた。
草むらに横たわるもう一人の自分は、透明に近い白で、汚れはなかった。
それを見て祐介はハッとした。
祐介は背骨の一つに氷を押しつけられたような刺激を受け、
胸に一筋の風が舞うのをはっきりと感じた。
その瞬間、俯瞰している祐介と大地に横たわる祐介が合体した。
そして透明になって体全体が羽毛のようにふんわり宙に浮いた。
祐介が凭れかかっていた木が、突然サワサワと葉を揺らし始めたかと思うと、
葉のさざ波が大きなうねりになって雑木林全体に広がった。
雑木林全体が祐介の意識の流れに従ってなびいていたのだ。
 健全な魂は救われた。
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自然というのは、我々の住空間である。
だからいろいろな機能を演じている。
その一つに、癒しと救済がある。
心を癒し、魂を救済する。
自然の色に染められる。
これってとても爽快である。
自分の中に風を感じて、周囲の色彩に染まる。
もう一人の自分を発見することにもなるし、またやるぞっ、と元気ももらえる。
自然の衣に包まれる意味をもう一度考えたい。
もしかすると、もう遅いかもしれない。
もしそうだとしたら……慚愧。