随想 膝の上』第10話 言葉を失うとき
鮠沢 満 作
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飛行場へ娘を送っていくときが、一番苦手である。
最後の言葉がいつもうまく言えないし、言ったとしてもちぐはぐで崩れているのだ。
淋しい気持ちを隠すがための精一杯の照れ隠しである。
要するに、素直じゃないのだ。
 これが大人、それも男親のすることなんだろうか。
外国映画を見ていると、むこうではハギングしてI love you.と軽く言ってのける。
まるで朝の歯磨きのように儀式的に。
日本でああやると大いに変だ。
周りの人がきっと目をひん剥いて、「あいつら何やってんだ」とじろじろ見るに違いない。
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 日本人は儒教の影響がまだあるのか、愛情表現が下手であると言われる。
かといって、欧米人のようにのべつくまなくI love you.では身がもたない。
聞くところによると、欧米人は常に愛情表現をしてないと、
相手に自分の気持ちが伝わっていないのではないかと不安になるらしい。
果たして本当なんだろうか。
外国人の友達がいるが、そういう質問をしたことがないので分からないが、
どうも彼らの所作を見ているとある程度当たっているようにも思う。
 私は日本人だからやっぱり「以心伝心」のほうがいい。
奥ゆかしさもあるし、第一他者への理解と愛情がなければこうはならないから、
これこそ取りも直さず真の愛情であり他者への思いやりの表れである。
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とは言うものの、こうなるには技術がいる。
それに忍耐。
喩えて言えば、芳醇なワインと同じである。
阿吽の呼吸とやらが分かるまで、お互いを寝かせておかなければならない。
そして色で分かる。
匂いで分かる。
最後には気配を感じるだけで分かるとなる。
相手のことを十分知って初めて以心伝心。
今の若い人は、ろくすっぽ相手のことが分からないまま間違って「以心妊娠」。
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 自分の子供には言ったことないが、やっぱり人間やっている限り、いつかは別れが来る。
「人間は別れるために生まれてくるのだ」と、あるエッセイで読んだことがあるが、
これは極端な言い方かもしれないが、無常の世界に生きている限りそれも一つ事実である。
だから最後の言葉をどのように言い表すべきか、この頃よく考える。
若い頃にはこんなこと真剣に考えたことはなかった。
それに娘もそんな話をするには小さ過ぎた。
でも、私も五十路の半ばになり娘も社会人になって、ある程度理知的な話ができるようになると、
やっぱりいつかは迎えなければならない今生の別れというものについて考え、
どんな形でそれを言えばいいのだろうか、とふと気になり始めた。
まさか飛行場での別れのように、ちょっと悪ガキを装って強がりをみせてもシャレにならない。
さりとて、死の間際に「死にたくねえよ」なんて、
おんおん泣きつくような恥ずかしい真似だけはしたくない。
やっぱり最後は、家族に対して「ありがとう」と本気を込めてさりげなく言うのが一番かもしれない。
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 こんなことを書くとどこか思い当たることがないだろうか。
多分、種明かしをすると、おおかたの日本人ならなるほどねと頷くことでしょう。
映画『男はつらいよ』である。
渥美清。
うん三枚目でいて、人情味においては超一流の二枚目。
いつも他人のために自己を犠牲にする主人公。
やっぱり日本人の粋な男の原点が『ふうてんの寅さん』にはある。
涙をぐっとこらえて顔で笑う。
できないよな、こんなこと。
ほとほと感心してしまう。
というのも、最近そんな人情味に溢れた人間が少なくなったからだ。
それにそんなことが粋だなんて誰も思ってやしない。
むしろ馬鹿だくらいにしか考えていない。
まずはてめえのこと。
他人なんて二の次。
そういう生き方だ。
寅さんの場合は、愚直まで真っ直ぐ。
唐辛子をまぶしたようにぴりっと真っ直ぐな生き方をしている。
でもちょっぴり素直さを隠すためにへそ曲がり。
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 盆と正月は私にとっては浮き浮きした時期ではあるが、
反面、それが終わるときのことを考えると、やはりどこか淋しくなる。
胸の奥に小さな痛みが生まれ、段々とその波紋を広げていく。
娘が東京に帰る最後の晩には、さて明日飛行場で何と言おうかなどと、
死にかかった脳細胞をこねくり回しているのである。
まだ二足歩行ができるときにこの始末だから、
ましてや本当の最期のときとなるとどうなるんだろうか。
それに、もしかするとその場に家族が必ずしもいるとは限らない。
そうなると別れの言葉さえ言えずに終わってしまう。
 やっぱり欧米式に、毎日I love you.とやるほうがいいのだろうか。
まさかのときのための保険として。
この保険はお金がかからない。
でも、結構難しい保険だ。
なぜなら、「素直さ」がない人間は加入しても無意味だから。
愛情の掛け捨て。
今の世の中、まあこれもいたしかたないか。 

写真は昨日(3月22日)、小豆島小海からの暮れゆく夕陽です。