第12話 酸っぱいミカン(前編)
鮠沢 満 作
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日曜日の午後、申し分ない天気だったので、誘われるように散策に出た。
場所は壺井栄で有名な小豆島は坂手。
かつては大阪行きのフェリーが発着して賑わいもあったが、今はその便もなくなり
迫った山に押しつぶされるように狭い土地に囲われた淋しい漁村に後戻りしている。
 でも私はそんな鄙びた漁村が好きである。
人間の力ではどうすることもできなかったやるせない思いとか崩れた夢の破片が、
首をすっこめてあちこちに潜んでいるから。
ときには心をぐっと温めてくれることもあるし、逆に抉ってくることもある。
未来に煌めきを見出すほど斬新なことが起こりそうにもない。
ただ過ぎゆく時間の谷間に生かされ、一日が無事終われば神に感謝する。
そういった毎日が、最大の幸せであると気付くのに何十年とかかる土地。
坂手はそんな場所である。
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 例えば古びた瓦とか戸板をはがしてみる。
すると長年の風雨に耐えてきた黴びた時間の残骸が降り積もっていて、
それらが冬眠から叩き起こされたみたいにのろのろと動き出す。
大きく張り出した大木の枝にすっぽり包み込まれた小さな神社。
その境内から鬼ごっこに興じる子供たちの歓声が、
過去という時間の壁を破って聞こえてくるような気がする。
「もういいかい? まあだだよ」
ぺんぺん草に覆われた廃屋の大黒柱が、
折れた背骨をぐいと青空に突き立てて、
今もって往事の矜恃を見せつけていることもある。
まさに歳月の辛辣さと、それに翻弄される命ある者の儚さを感じてしまう一瞬だ。
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 坂手港に車を置き、狭い路地を登っていった。
狭い路地といっても住民が普段使っている生活道路で、車も自転車もリヤカーも通る。
わびしいがしっくりそこの空気にとけ込んでしまうある種の安堵感が浮遊している。
アキレス腱に少し痛みを感じながらも、小豆島霊場第一番洞雲山を目指し、
一歩一歩自分を押し上げていった。
少しずつ視界が大きくなっていく。
それに合わせて気持ちも晴れる。
民家が途切れ、段々畑が現れた。
老夫婦が地べたに腰をおろしたまま大豆の皮を剥いていた。
野良仕事に服従してきた背中が丸くて小さい。
陶器の人形のようにも見えるその後ろ姿に、突然、父と母の顔が浮かんだ。
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一時の感傷を捨て、さらに上に行く。
もう随分と上まで来ていた。
視界を遮るものはなかった。
家々のくすんだ甍の向こうに別の甍の波が広がっていた。
海だった。
雲間からなだれ落ちる逆行の太陽光線が、鋭い針のように海面に突き刺さっている。
その部分だけがスポットライトを浴びせられたように照り輝いているが、
秋の物寂しい海にやんわりと説得されて周囲の空気と折り合いをつけていた。
太陽が雲に隠れた。
眩しさが引っ込むと、視界に色が戻ってきた。
秋の色が空気だけでなく、木々にも野草にも、
そして土にもこびりついているのが分かった。
目の前に紫色の大きな花がぬっと現れて、その頭を風に揺らしていた。
近寄ってみると、一つの花ではなく、
無数の小さな花弁が寄り集まって一つの房を作っていた。
残念ながら名前は知らない。
私は額の汗を手の甲で拭うと、再び歩き出そうとした。
と、そのとき雲が破れ、その隙間からまたしても太陽の光が落ちてきた。
紫色の花に代わって、今度は無数の黄金色の玉が浮き上がってきた。
それらは洗い立てのようにきらめき、水気を帯びた瑞々しい柔らかささえ放っていた。
目の前に現れたのはミカンだった。
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 私はこんな光景を子供の頃何度も夢に見たことがあった。
大人になった今もそうである。
オレンジ色のミカンが鈴なりで、その向こうに真っ青な海が広がっている。
その海を割るように真っ白い船が走る。
まさにメルヘンだが、今でも丘の上のミカン畑の向こうに広がる青い海が、
私の想像力をかき立ててやまない。
瀬戸内の風景を語るとき、ミカンと青い海という組み合わせをを欠かすことができない。
まさに私にとっては牧歌的要素の代表格である。
 ミカン、か。
 思い出すと、小さな溜息が出る。
苦いというか、酸っぱいというか、一つの思い出に行き着く。
今考えたら、自分がなんて親不孝だったのか、と自分を責めずにはおれない。
が、もう遅い。
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 私の父は他界するまでの約二年間を人工透析の厄介になった。
腎臓疾患だと分かると、医者の勧めで食事療法に乗り出した。
最初はそれで少し進行は抑えられたが、一年くらいすると、
もう食事療法では対処しきれなくなった。そしてやむなく人工透析。
父は人工透析するくらいなら死んだ方がましだと、
頑迷に医者の忠告を聞き入れようとはしなかった。
私と兄がなんとかそれを説得した。
「親父、長生きしたらまだまだいろんなことができる。好きな花や茶も楽しめる」
「そうや。週に三回はしんどいかもしれん。
でも生きとったら、兄貴の言うとおりまだやり残したこともできる。
親父の人生やからとやかく言う筋合いでないかもしれん。
だがわしら子供は親父に悔いのない人生送ってもらいたいんや」
「金もいらん。名誉もいらん。ええ人生やったと言うてくれたらそれでええ」
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翌日から透析が始まった。
親父を説得したものの、
透析が終わって病室に帰ってきた親父のぐったりと憔悴しきった姿を見るにつけ、
本当に説得が正しかったのかどうか、二人して顔を見合わせることが何度もあった。 
後編に続きます。