第17話 卓袱台
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卓袱台の引き出しの中にそれはあった。
表に農協の稲穂のマークが付いた通帳。
この通帳に頭を殴られた思い出がある。
「大学に行きたいんやけどな」
兄貴のくぐもった声がした。
「無理や。うちは百姓や。そんな金はない」
にべもなく親父が言い切った。
以後、兄が大学のことを口にしたことはない。
封印したのだ。
兄が高校三年のときのことである。
兄は何を思ったのか、大型運転免許を取ると、或る運送会社でダンプの運転手となった。
腐っていたのかもしれない。
親父への反抗だったのかもしれない。
昨今とは違い、大学に行きたくても行けない時代があった。

 それから五年後。
私が高校三年のときである。
進路PTAがあった。
父も母も野良仕事が忙しく懇談には出席できなかった。
でも進路に関わる大事なことだからと、必ず保護者が来るように言われていた。
そこで代わりに兄が来た。
 家に帰ってきた兄が、
「お前、教師になりたいんか」
 と訊いてきた。
「まあなれたらの話やけどな」
 私は曖昧に答えておいた。

 卓袱台の事件の日、父も母も朝早くからキャベツの収穫に出ていた。
兄も仕事に出たらしく姿が見えなかった。
私は一人卓袱台に向かい、皿に盛られた菜っ葉の茹でものをおかずに、
冷えた朝ご飯を掻き込んだ。
百姓の家では、家族が揃って食卓を囲むことはほとんどない。
かといって、今のように家庭崩壊がどうしたこうしたというような性質のものではない。
百姓は労多くして稼ぎの少ない仕事だ。
夜が明けきらない内から仕事が始まり、日がどっぷり暮れて終わるというのもざらである。
「さあ、みんなで食事ですよ」なんて悠長な状況は考えられない。
それに特に農繁期になると、ご飯だっていつも用意ができているというわけにはいかない。
だからご飯がなかったら、自分で米をとぎ炊く。
おかずがなかったら、畑から菜っ葉でも何でも取ってきて自分で作る。
用意ができたら一人で食べる。そして洗い物をする。
これが百姓の家では当たり前のことであった。
こうやって生活の中で子供たちは自立することを学んだ。
家族の団欒がないから子供が心配だと、今の親たちのように不安になることもない。
親が苦労している姿を見ているから、子供は悪さに走らない。
適度な貧しさが人を成長させる。
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 腹にご飯を詰め込み食欲を満たしたとき、目の端に何かが引っ掛かった。
親父がいつも箸を入れている引き出しだ。
少し開いていた。
そっと引っ張り出してみると、農協の通帳があった。
悪いと思ったが通帳を開けてみた。
そして驚いた。
我が家には貯金は一円もなかった。
いや、それどころか借金だらけだったのだ。
私は複雑な気持ちでページをめくった。
その前の年も、その前の年もそうだった。
黒い数字よりも赤い数字の方が多かった。
頭を殴られたのはこのときだった。
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 父も母も家計のことは私たち子どもには一切言わなかった。
余計な心配をさせたくなかったのだろう。
子を持つ身となった今にして分かる。
それが親としての責任だ、と。
それと親としての矜持。
黙々と野良仕事に明け暮れる姿が浮かんだ。
朝から晩まで土色に染まった百姓生活。
それでいて暮らしは楽にならず強いられた借金生活。
 やりきれなかった。
 後日、兄貴にそのことを言うと、
「俺も見た。なんも知らんのに、俺は大学に行きたい言うて……
 金がないと言われたとき、はっきり言って少々親父に腹が立った。
 でもその貯金通帳を見たとき、自分が情けなかった。
 親の心子知らず。でもお前は大学に行け。教師になりたいんだろう」
「まあ」
 またしても曖昧に答えた。
五年前の父と兄の会話が頭をよぎっていた。
兄に悪いなあ、という気持ちがあった。
「分かった。俺が話してやる」
何を思ったのか兄は背中をくるっと返すと、部屋から出て行った。
翌朝、出がけに親父がぽつり独り言みたいに言った。
「教師になりたいんか。大学に行ってもいいぞ」
兄が父を説得してくれたのだ。
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それから三十年して父の一言にまたしても頭を殴られることとなった。
或る市民病院の一室。
夜。外は雨。
ベッドに横たわる父。
苦汁が滲み出た土色の顔。
重い息遣い。
 父は腎臓を患っていた。
その日も透析があって、ぐったりしていた。
明らかに命の炎が小さくなりかかっていた。
それに痴呆も出始め、言葉がときどき支離滅裂になるときがあった。
私は父親に付き添って、そばの丸椅子に座って本を読んでいた。
肺から絞り出される苦しそうな寝息。
ときどき痰がつまるのか咳をする。
それが病室の壁に反響する。
苦しそうな父の姿を見たくなかった。
こちらまで苦しくなるからだ。
努めて本に集中しようとした。
しかし思考は錯綜し、中断した。
父が寝返りを打った。
体位を変えたことで少し楽になったのか、息遣いも普通になり咳も出なくなった。
静寂が訪れると、病室独特の臭いが急に強くなった。
鼻をついてくる尿と消毒液、それと饐えた体臭が絡み合うような臭い。
それは生と死がせめぎ合う臭いでもあった。
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「千年の雨が降る」
突然父の声がした。
喉の奥から絞り出すような声だった。
「え?」
 私は父が眠っているものとばかり思っていた。
彼は窓の外をじっと見ていた。
目は焦点が溶けたみたいにぼーとしており、像を結んでいるようには思えなかったが、
それでも闇の先に何かの輪郭を捉えているようだった。
乾いた唇を舌先でしきりに舐めている。
腎臓を患っているので、水分を控えるよう医者から言われていた。
前日、みかんをくれとせがんだ。
だが、心を鬼にして与えなかった。
心が痛んだ。
その残滓がまだ心の隅に残っていた。
父は窓の外に落ちるものをはっきり感覚で捉えているらしく、
ひび割れた紫色の唇を少し引きつらせると、
「千年の雨。
 遠い遠い空の果てから千年の時を経て落ちてくる。
 そして雪のように降り積もっていく。
 音もなく。
 雨が止むとき終わりが来る」
「親父、しっかりせんとあかんで」
 私は少し声を大きくして言った。
それに対し、父はその場に私がいることに初めて気が付いたらしく、
「ヤスヒロか?」
 と、顔を向けずに問うてきた。
「そう俺や」
 父はその返答に納得したように頭をこくりと一つ振ると、
 突然脈絡の飛んだことを口走った。
「お前は教師になったか」
「ああ」
「それはよかった。だがサトルに悪いことをした。それだけが悔いや」
「悪いこと?」
 私は訊き返した。
「サトルは大学に行きたかった。
 それなのに行かせてやらなかった。
 今考えたらアホなことした。
 親として、それだけが悔いや」
 きっぱりと言った。
虚ろな視線に不釣り合いな明確さがあった。
まるで何十年も収納していた言葉をやっと言ったという感じであった。
父がこちらに寝返った。よく見ると父の目に涙が浮かんでいた。
「サトルに悪いことした。それだけが悔いや」
 父は同じことを何度も繰り返した。
きっと心に大きな杭となって突き刺さっていたに違いない。
「兄貴はそんなことちっとも気にしとらん」
「そう思うか」
「ああ。そんなちっぽけな兄貴じゃない」
 父はこの言葉に安堵したようだ。
表情が穏やかになり、静かに目を閉じた。
「千年の雨が降る」
 やがて寝息が聞こえてきた。
千年の雨が落ちるような静かな眠りだった。
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 この会話を交わして二日後、千年の雨に抱かれながら父は他界した。
夜の闇を塗りつぶすように降る雨。
父は小糠雨の先に何を見ていたのだろうか。
葬儀のとき、兄と相談した上で最後の別れに『青い山脈』を流してもらった。
私たち兄弟のささやかな、そして最後のプレゼントとして。
父を涙で送り出したくはなかった。
土に染められ、黙々と百姓という人生を生き抜いた男に、涙は似合わなかった。
 卓袱台。
今も実家の納屋にある。
兄はその上に載っていた親父専用の陶器の灰皿を今も使っている。
遠目から見ると親父が煙草を吹かしている、と錯覚するときがある。
 子どもができたとき、我が家はテーブルから卓袱台に変えた。
子どもたちはその意味を知らない。
いつか話すときが来るだろう。
そのとき千年の雨の意味も解けるかも知れない。
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