ソラの集落 穴吹町口山字淵名の古民家を訪ねて

四国一の清流といわれる穴吹川が東に谷を刻むソラの集落 渕名。
緩やかに張り出す尾根を選んで民家や畑が散在している。

間近に迫った冬に向けて、畑が耕されている。
ここには、奥行きの狭い土地に対応した間取りを持つ古い民家が数多く残っている。そのひとつを訪ねて見た。

やってきたのは渕名集落の北のはずれに建つ民家。
家の前の茅場は刈り取られている。

この地域は南北朝時代に当地に来た新田家の一族を先祖とする家が多い。周辺にも、新田神社がある。

屋号は「上屋敷」
家紋は「五瓜(ごり)に四目菱(よつめびし)」
当家の下にあった庄屋の「大舘」も今は無い。

江戸時代には藍作をし、その後阿波葉タバコを昭和60年ごろまで生産していたという。タバコは天日干しの後、主屋の屋根裏につり、イロリの煙で茅葺き屋根とともに乾燥させた。

主屋の東に並ぶムシヤは、下から火をたき屋根上部の煙出しから排気する構造で、タバコを蒸した。現在ムシヤは内部が改装されて物置になっている。

屋敷は、標高440m 程の北斜面にあり、東から倉庫、ムシヤ、主屋・カマヤ・フロ、ハナレ、牛屋、少し離れてキナヤ(木納屋)が並んでいる。
急傾斜に建つため家屋の配置は、奥行きの狭い敷地に線上に並べる形となる。
そのため住居自体も奥行きが浅く、部屋を線上に並べる「中ネマ三間取り」が代表的な間取りとなっている。

北入り右勝手の主屋は「四間取り」で、外壁から半間入った本桁から奥行三間×間口六間をで「サブロク」と呼ばれている。
「オモテ」は竹の天井の上に塗り土を置いたヤマト天井だ。

建築は1800年ごろといわれるが、大黒柱があることから、もう少し新しいとされる。

かつての調査時にはかやぶき屋根で「草が生え、こけむした屋根が印象的である」と記されているが現在は、改修されている。

展望が開かれた東方面には、流れ行く吉野川とその向こうに淡路島が見えた。
参考文献 徳島県郷土研究発表会紀要第45号 穴吹町の民家

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