薬王寺-金剛界を表す喩祗塔

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 二十三番の薬王寺は厄落としの寺で今は有名です。
境内には喩祇塔がすっくと建ち、この寺の景観が整いました。
喩祇塔は三五メートルというたいへん高い塔なので、ここではいちばん目立ちます。
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 高野山に行きますと、根本大塔というのがあります。
根本大塔というのは曼荼羅の中心にあって、大日如来の心臓部です。そこに大日如来がいるということになっています。喩祇塔も同じことです。高野山の根本大塔は胎蔵界を表し、喩祇塔は金剛界を表します。高野山には皆さんの目につかないところに喩祇塔示あります。
中院御坊が龍光院というお寺になっていて、喩祗塔はその裏山にあります。これを小
塔といっています。大塔・小塔を両方合わせて胎蔵界・金剛界になるわけです。

玉厨子山-薬王寺の奥の院は行場

 玉厨子山は二十三番の薬王寺の奥の院で、五四三メートルの秀麗な山です。
日和佐の港からも見えるので、日和佐港に入港する船の目当てとなっています。
 ここは薬王寺から五キロもありますが、薬王寺が火災のときに本尊がここに飛んだといっています。しかしそうではなくて、ここから本尊が薬王寺へ来たわけです。
再建される本堂の後堂に後ろ向きで帰ってきたそうで「後向薬師」として後から拝むようにできています。頂上から少し下った所に、上人入定塚があるので、漁民の安全を願って入定した上人があったのでしょう。
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遍路道が尾根筋だったときは、その尾根筋に旧道が付いていました。
玉厨子山と薬王寺と日和佐沖の立島は一直線上にあるので、立島を王子として、薬王寺と玉厨子山がまつられたのだとおもいます。海のかなだの常世の神を信仰していたときは、まず上陸した島を王子の島と呼んでいたことがだんだん分かってきました。

その道筋は、次のような経路をたどることが多いようです
① 王子の島から霊場に上がる。
② 一足飛びに海の神が山の神になる。
③ 途中に静かな山があると、その山に止まってそれから上に行く、
④ 寺ができると下りてくる
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 『阿波名所図会』には「霊山にして大道心の法師にあらざれば住しがたし」とあります。頂上から少し下がって日和佐の見えるところに上人入定塚があるので、漁民の安全を祈って入定した上人があったのだろうとおもいます。
 旧国道はその麓を通り、西河内から登ることができます。
しかし、遍路道が尾根道だった山の神が寺に戻ってくるという構造が縁起の中に出てきます。こういうところが奥の院になると、修行の場所になりました。ここもかなり険しい岩山ですから、命がけで修行する者が行道修行などをして、ついにそこで入定していますが、いまでは入定者の名前もはっきりわからなくなりました。