まんのう町の南部の旧琴南町美合は、阿讃山脈の山々に囲まれ、ソラの家々が残っている地域です。
そこには、里では消えてしまったものが、厳しい環境という「宝石箱」に入れられて今に伝えられている所でもあり、専門家に言わせると「民俗学の宝庫」だそうです。
そこに伝わるお堂の話を紹介します。
阿波から峠を越えてきた旅人が、水にのまれてしまった。近所の子供が谷川へ落ちそうになった。しかし、いくら恐しくてもこの道を通らなければならないと、村人が困りはてているところへ山からまくれ落ちてきたものがある。ころころ山から落ちてきたのは、石のお地蔵さん。ありゃ、これは大川のお地蔵さんではないか。はよ、もとの場所へお返ししとかんと、と村人はもとのところへお返しした。ところが、翌朝行ってみるとまた一夜のうちにころころまくれ落ちてきている。
村の人々は、おだやかなお地蔵さまのお顔を見ながら話しあった。「これは、ここがお好きなのじゃ」じゃここへお祀りすることにしようと衆議は一決。
檜の柱も、床を張る杉板も集まった。
藁を一束、繩も 一往、
竹藪でぼんぼん竹を伐る人。屋根ふきの達者が竹の長さを指図する。
藁を一束、繩も 一往、
竹藪でぼんぼん竹を伐る人。屋根ふきの達者が竹の長さを指図する。
小麦藁で葺いた屋根の厚みが整然と美しい。
茶堂は東向き、二間四面の大和天井、三方開け放しの一方へ、
むかいの婆が縫ってきた赤い前かけが、まるでお地蔵さまの晴れ着のよう。三方壁なしの茶堂の前で、だれから山仕事に行く人も、田畑を打ちにゆく人も、たちどまって掌を合わす。陽ざしがきつい峠道を越えてきた旅人が、一休みして汗を拭く。谷川の流れで手足を洗い、昼寝をたのしむ人もいる。あけびを山龍いっぱいつんで帰る悪童が、お地蔵さまの前ヘーつ供えた。一つ供えたあけび敲をそのままに、水の澄んだ流れに入りこみ魚を追っかけはしめた。お地蔵さまは、にこにこにこにあけび龍の番。
手も足も泥だらけの童が板の間へあがりこんで、供物を盗んでも知らぬ顔。童ばかりか、山から降りてきた小猿も山犬もお供えを無断でいただく。今年も秋の取り入れが終わるとお地蔵さまの前で‘お接待がはじまる。めぐってくる遍路の中にはお大師さまがいらしゃるかもしれないと毎年、お接待をかかしたことはがない。
茶堂が、もとのかたちのままで残されたきた背景には、素朴な信仰が根強く生き続けているからのようです。
北條令子
琴南町美合 民俗探訪日記 香川の歴史第三号(昭和57年) より
琴南町美合 民俗探訪日記 香川の歴史第三号(昭和57年) より








コメント