○ 川女郎の泣き声
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声をひそめるように語る老女は、
爺から聞いたがもうおそろしゅて、はばかりへもたてなかった。
と言いながら記憶をたぐりよせてくれる。
 土器川の上流、清い流れの音が聞えるあたりに住まいを持つ人々は、
四季おりおり川の流れを見て暮らした。
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川女郎が泣いて大声をあげるようになると、川が氾濫するという。
川岸の岩と岩との間へ、川女郎は子をもうけてある。
流れがおだやかな日はいいのだが、水があふれそうになると、
大事な赤ちゃんが流されてしまうと泣くのだという。
まるで、人間が哀しむような泣き声の川女郎はさばえ髪をして、
人にゆき逢うものならさばえ髪の頭でふりかえる。
にっこり笑ったつもりの川女郎の唇からは馬鍬のこのような歯が見えた。
ゆき逢った人は、悲鳴をあげて逃げてゆく。
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あんまりわるさはしなかりた池いう川女郎に、逢った人は意外と多い
「川女郎の赤ちゃんのお父さんは誰なの」
と老女に質問すると
「それは聞かんだわ、今度合ったらきいておくわな」
と老女はスマしている。
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トウダイツノの鹿は大川神社のお使い姫
この川をどんどんのぼっていくと山と山のはざまの谷に至る。
谷川に水を飲みに来る鹿が住んでいった。
狩りをする人のことをセッショウニンと呼んでいたが、
山漁の達人だったおじいさんが炭焼きに行って鹿の尾角を拾ったことがある。
二年叉、三年又の見事な鹿の角が落ちていたと言うのだ。
この鹿の角を拾ってかえり、笛を作る。
手造りの角を吹くと、雄がケンケン寄ってくるそうな。
ケンヶン寄ってくるの雉は雄の雉。
そうすると、落角の笛は雉の雌の鴫き声ということになるのか。
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美合の山では、鹿の夫婦が山々をかけめぐり、恋の季節をたのしむ雉も住んでいた。
しかし、「鹿は、やたらに射るものでない」と、戒められていた。
トウダイツノの鹿は大川神社のお使い姫だとも教えられていた。
 ある日のこと、大川山へ出かけて行った山伏が、灯台角の鹿と出逢った。
これはいい獲物とばかり、鹿を射殺してしまった。
ところが翌朝のこと、鹿を射殺した山伏は野田小屋の桜の木のまたに吊りあげられていたと言うのだ。山伏が吊るされたという桜の古木は枯れてしまったが、古株は残されている。
 そして、野田小屋にある社のご神体はみつまたの灯台角だと伝えられている。
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「相撲をとらんか」とこわっぱが誘う
 峠を越えると山の細道は、下り坂となる。
つんのめるように降りるきんま道は谷川の流れに沿って、ぐんぐんくだる。
谷川の水がより集まって落ちこむところが渕となり、水音が急に高くなる。
山の尾が寄りあい、谷川の水が流れ込む。
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 雨降りあげくの日も暮れかかるころ渕のほとりを通りかかると、
小さな子供が出てきて
  「相撲をとらんか」と、いう。
こわっぱが相撲をとらんか言うて生意気な、
一手で負かしてやろうと相手になるともうおしまい。
へとへとになるまで相撲をとらされる。
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相手になるなと古老に戒められているのに、あんまりこんまい子なので、
つい負かしてやろうと取りはじめて動けなくなった者が多い。
あれは、子供でなくてマモノなのだ。
変化のものなのだと、
雨降り後水かさの増した渕の側はおそろしくて通ることができない
北條令子
琴南町美合 民俗探訪日記  香川の歴史第三号(昭和57年) より
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