随想 膝の上第15話小さなお袋 | |
鮠沢 満 作 |
当時は女としては大柄だった。 なのに母が小さくしぼんでしまった。 先日、久し振りに実家に帰った。 真っ先に感じたこと。 それはお袋が小さくなったということ。 私の印象の中にあるお袋は、骨格がやや太くがっちりとした体躯の持ち主であった。 今思えば、お袋だけに限ったことではなかったかもしれない。 実家の周囲は田圃だらけ。 どの家も百姓を生業としていた。 力仕事を要求される仕事だけに、百姓女はみながっちりとして逞しかった。 それでもお袋は当時としてはやはり大柄な部類に入っただろう。 兄と私はこのお袋と親父の立派な体格と健康をもらった。 年取った今は、身体もあちこちがたがきて、野良仕事も思うようにならず、 家族が食べる野菜を少々作ることと、 農家には相応しくない広さの枯山水の庭掃除に明け暮れる毎日である。 百姓家に枯山水の庭という取り合わせは妙な感があるが、 実を言えば親父は百姓でありながら、華道と茶道の師範免状を持っていた。 彼は、日々の生活は質素を旨とし、飾りを捨て去ったわびさびの世界に生きていたように思う。 そんな中、芸術的生き方を求めていた。 中でも四季の風流を楽しむ感性を大切にしていた。 これを私は親父から引き継いだ。 その親父が大切にしていた庭を、今はお袋が守っている。 国家公務員である兄は、なかなか多忙で、庭の世話まで手が回らない。 お袋というと、私の脳裏に登ってくるものがある。 「東京? お前、東京へ行くと殺されるぞ」 「イギリス? そんな遠いところに一人行くなんて無茶や。殺されるぞ」 お袋がかつて私に言った言葉である。 私が大学生のときだった。 私にしてしてみれば、もう大学生。 しかし母にしてみれば、まだ子供。 今もってその状況は変わっていない。 私は五十路を過ぎた。 兄も同じ。 でも、お袋にしてみれば、子供はいつまで経っても子供。 その子供がいつしかお袋を追い抜いてしまった。 そう身体の大きさで。 子供が大きく成長するのに反比例したように、 お袋はどんどん小さくなっていった。 まるで今だに私たち兄弟が、お袋から乳をもらうみたいに、 お袋の身体から栄養を摂り続けている。 もしかするとそうなのかもしれない。 つまり、身体の栄養ではなく、心の栄養。 子供は大人になって、自分で独り立ちしているつもりでも、 親からすればまだまだ子供。 子供たちは親から目に見えない形でサポートされているのに 気が付いていないのかもしれない。 特に、核家族化が進む昨今では。 「もういつお迎えがきてもおかしくない。もう八十五やしな。 お前な、ちゃんと最後まで勤め果たさなあかんで。 最近、生徒殴ったり、飲酒運転したりして、よう先生が新聞に出とる。 母ちゃんはそれだけが心配や。 ええな。悪いことはするなよ」 一昔前、私が外国に出るとき、 「お前、そんなところに行くと殺されるぞ」 と必ず言っていたが、今はこれが口癖である。 よほど私の面つきがよくないらしい。 これでも親父とお袋の力作のはずなんだけどなあ……。 ひょっとすると、お袋は子供のことを心配するあまり 身体がしぼんでいったのだろうか。 とにかくお袋の身体がどんどん小さくなっていくのを見るのは、 やはり子供として忍びない。 いつまででもそばにいてほしいと願うのだが、こればかりは無理。 せめて生きている間だけでも、親孝行をしたいと思う。 というのも、やがて私もしぼんでいく日を迎えるからである。 親は子供に身体と心の栄養を与えて、小さくなっていく。 でも、いつまでたっても大きな親に違いない。