今回は『粉河寺縁起』に描かれた河内国の長者の舘を見ていくことにします。
この縁起は、次の2つの物語からなっています。
A 粉河寺(和歌山県紀の川市)の起源譚B 本尊千手観音の霊験譚
前回は、Aの粉河寺の千手観音の登場を見ました。今回は、Bの千手観音の霊験譚です。物語の要旨は次の通りです。
①河内国讃良郡(寝屋川市)の長者の一人娘が難病に罹っていたのを、童行者が祈祷によって治癒②お礼に両親から提鞘(小刀)と紅の袴だけを受け取り、粉河で会えることを伝えて去る③翌春、お礼参りに粉河を訪れた長者一行が、庵の扉を開けると千手観音いて、娘の提鞘と袴を持っていた④童行者は、千手観音の化身と知り、一行の人々はその場で出家して帰依したと
まずは、河内の長者の館前に、童行者が現れる所からスタートです。
館前の木の下には完全装備の馬と従者が待機し、いつでも出動できる体制です。
長者舘の棟門前(粉河寺縁起)
門の前は、深い堀になっているようで、そこに丸太の板橋が架かっています。その橋の上にいるのが、袈裟を付け、数珠を手にした垂髪姿の童行者(千手観音の化身)です。長者の娘の病を聞いて訪れ、門番に取り次ぎを頼んでいます。門番は家の中を指差して応対しています。内側には竹藪がめぐり、その外を板塀が囲みます。板橋の前が入口で、そこには櫓門が建っています。上の屋形には、矢の束が見えるので、非常時にはここから矢が撃たれるのでしょう。屋形には帷が垂らされています。このような櫓門は、『一遍上人絵伝』巻四の筑前の武士の館にも描かれています。この時期になると、有力者が武装化し武士団が形成されていたことがうかがえます。ちなみに、『粉河寺縁起』は櫓門が描かれた最も古い史料になるようです。そのためこの部分は、小中の歴史教科書の挿絵として、よく登場します。
櫓門警護の下部たち(粉河寺縁起)
櫓門には、警護の武士が三人が坐っています。奥の片膝立ちの武士は、胸当を下に着込んでいます。手前の矢を背負った武士は、弓を板塀に立て掛け、その手前の武士は刀を膝に置いています。いずれも武装しています。ここからは、長者の家の門前が武力によって護られていたことが分かります。そういう対処が必要とされた時代になっていたことが分かります。長者は、その後の武士団の棟梁へと成長していくのかもしれません。
丸木橋前の木の下に坐る男は、口取(馬の轡を取って引く者)でしょう。馬はいつでも乗れるように馬具一式を装備しています。轡に付けた手綱が木に結わえられ、鞭が差し込んであります。腹帯が締められ、鞍には敷物に置かれて、鐙が下がっています。水干鞍(すいかんぐら)と呼ぶ馬具になるようです。この馬も長者の武力の象徴で、ステイタス=シンボルでもあります。
庭先には長唐櫃(ながからびつ)が2つ据えられています。
縁先の1つは山の幸である柿・栗・梨・柘招などが、所狭しと盛り上げられています。もうひとつ後から運ばれてくる方には、伊勢エビ・大魚・昆布・さざえなどが盛られています。腰刀を差した男が、よいしょと担ぎ寄せます。狩衣の老人が、手ぶりよろしく口上を述べます。その後に、折枝に雉子を結わえて差し出す男。ほかにも、なにやら大事げに箱を棒げる痩せ男。貧富さまざまながら、彼らの表情は、心なしか暗いように見えます。
縁にどっかと腰を下ろして、目録に眼を通しているのが、この家に仕える家司のようです。家司のニコニコした顔と、里人の浮かぬ顔が対照的に描き分けられています。
これらの貢納品が長者の富になります。里人たちは、武力によって生業を保証される代わりに、様々な貢物が要求され関係にあったことが見えて来ます。これを支配・非支配の構図とよぶのでしょう。貢納品は、倉に納められていきます。
そんな中で長者の心配は、娘の不治の病でした。
その効があったのか、しだいに膿もひき 悪血も流れ出て、痛みは止んだ。七日めの朝になると、不思議にもすっかりもとの身体にもどった。びっくりしたのは、長者夫婦。これは、これは、いかなる霊験でしょうか。仏さまがおいでになって、娘を祈り生かしてくださったのだ、うれしやな、うれしやな。さあ、さあ、なんでもお礼にさしあげますぞ。皆のもの、蔵の中を開いて、七珍万宝、なんでも出してこい。と、お礼の品を運び出そうとした。
ところが、童の行者はそれを押し止めた。いや、いや、わたしは財物欲しさに祈祷をしたのではない。ひとえに、現世を悲しむあまりに、不治の病いに困っている人を助けようとしたまでのこと、構えて心配ご無用に願います、 と、出て行こうとした。
せめてもに、と差し出された提鞘と紅の袴とを受けると、童の行者は立ち上がった。どちらへお越しでしょうか。いや、わたしは、 どこと居所を定めているわけではない。しかしながら、わたしを恋しく思うことがあれば「我は、紀伊国那賀のこほりに粉河といふ所にはべるなり」と、言い残して出ていった。とたんに、その姿はかき消すように失せて、もはや、どこにもみることはできなかった。
詞書には「くらヽとうせぬ」と記します。
今回は、ここまで。この続きは次回に・・・
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