讃岐は獅子舞王国?
田んぼの畦に彼岸花が咲くことになると、讃岐の里は秋祭りに向けた準備が進められていきます。讃岐のお祭りで演じられる芸能の代表格といえば獅子舞でしょう。獅子舞は県下全域に広がっていて、その数はうどん屋さんと同じ約800頭が「生息」していると言われます。「獅子生息密度」の高さは、全国のベストテンの上位にランクされ、富山県とトップ争いをしているそうです。(出典不詳・・・)
獅子はいつ、どこから、何のためにやってきたのでしょうか?
讃岐では、室町時代には獅子頭が祭礼に現れていたようです。南北朝時代に書かれた『小豆島肥土荘別宮八幡宮御縁起』(応安三年(1370)2月に初めて獅子が登場します。
「御器や銚子等とともに獅子装束が盗まれた」
というあまり目出度くない記事ですが、これが一番が古いようです。ちなみにこの犯人は捕まったと、後にでてきます。この縁起の永和元年(1375)には
「放生会大行道之時獅子面」を塗り直した
と記されています。ここからは獅子が放生会の「大行道」に加わっているのが分かります。行道(ぎょうどう)とは、大きな寺社の法会等で行われる行列を組んで進むパレードのようなものです。獅子は、行列の先払いで、厄やケガレをはらったり、福や健康を授けたりする役割を担っていたようです。
さらに康暦元年(1379)には、「獅子裳束布五匹」が施されたとあるので、獅子は五匹以上いたようです。祭事のパレードに獅子たちが14世紀には、小豆島で登場していたのです。
当時の小豆島や塩飽の島々は、人と物が流れる「瀬戸内海のハイウエー」に面して、幾つもの港が開かれていました。そこには「海のサービスエリア」として、京やその周辺での「流行物」がいち早く伝わってきたのでしょう。それを受入て、土地に根付かせる財力を持ったものもいたのでしょう。獅子たちは、瀬戸内海を渡り畿内から小豆島にやってきたようです。
香川県内の古い神社には、中世の木製獅子頭が伝わっています。
「讃岐国名勝図会』に描かれた水主神社の獅子頭
ここにはは、県内で一番古い年代の入った木造獅子頭(県有形文化財)があります。上顎裏側に文安五年(1448)に三位公全秀によってつくられ、文明四年(1472)に彩色されたと墨で書かれています。
銘文には「奉安置獅子頭事」とあります
が、胴衣を縫い付けた孔も残り、獅子頭内側には、上下顎をつなぐ軸棒のほか、上方にもう一本横棒が渡っており、そこを持ち手として獅子頭を扱ったと考えられます。「安置」するだけでなかったようですが激しく頭を振り回すような機能はありません。パレードへの参加用のようです。
次の訪れるのは善通寺と琴平町の境にある大麻神社です。
次の訪れるのは善通寺と琴平町の境にある大麻神社です。
大麻山を甘南備山とする式内社大麻神社(善通寺市)に伝わる木製の獅子頭です。
下あごが失われているために少し見慣れない感じもしますが、形状などから水主神社の獅子頭とおなじく室町時代、ひょっとするとそれ以前の鎌倉時代のものと考える研究者もいるようです。そうだとすれば「現存する県内で一番古い獅子頭」ということになります。残念ながら下顎をなくしているが惜しまれます。この木造獅子頭は、江戸末期の『西讃府志』巻第五六にも「大麻神社所蔵之獅子頭圖」として上顎部のみが描かれています。
よくみると後の方に、油単を縫い付けたと思われる小穴が7ヵ所ほどあるのが見えますか?
よくみると後の方に、油単を縫い付けたと思われる小穴が7ヵ所ほどあるのが見えますか?
これもパレード用と考えられています。
祭礼行列の参加以外にも、獅子の出番が出てきます。
享徳元年(1452)に書かれた観音寺の『琴弾八幡宮放生会祭式配役記』には、行道の「獅子首二人」とは別の姿を見せます。それは「舞車」の上で舞う「師子舞」です。獅子が稚児「楠法師」と褐鼓舞(小さな鼓=掲鼓を胸に付けて打つ舞)を演じるのです。これは当時の都で、風流(ふりゅう)拍子物として人気のあった流行物です。新しい芸能の流れを汲んだ獅子の姿です。
そんな中で登場してくるのが紙製の獅子頭です。
最後に、獅子頭の成長ぶりをもう一度確認しておきましょう。
この獅子頭の内部は「土」の字型の木組構造です。その構造は現在の獅子頭の持ち手と同じです。紙製の補強のための縦材を持ち手に利用することで、獅子頭を片手で持つことできるようになりました。これは紙製という軽量化とあわせて、獅子を使いやすくしたはずです。獅子が激しく動き舞えるようになったのです。
この黒島神社の獅子頭とセットで「稚児頭巾」と呼ばれる赤い紐飾りのついた円錐状の笠が残っています。これは先ほど見た琴弾八幡神社の「獅子が稚児と舞う褐鼓舞」の際に稚児がかぶっていたものではないでしょうか。観音寺に伝わった中世の風流踊りが近世三豊の地域に、祭礼の中で広がって行ったのではないかと私は考えています。
香川県の獅子舞の大きな特徴は、獅子頭が紙製ということです。
紙製の獅子頭は、型にあわせて和紙を張り重ね、漆を塗ったり毛を植え込んだりして仕上げます。伝統的工芸品の「讃岐獅子頭」を見てきた私は、「獅子頭は紙製(張り子)」という思い込みありました。ところが差に非ず。全国的には獅子頭は木製が主流でないようです。
紙製の獅子頭は、型にあわせて和紙を張り重ね、漆を塗ったり毛を植え込んだりして仕上げます。伝統的工芸品の「讃岐獅子頭」を見てきた私は、「獅子頭は紙製(張り子)」という思い込みありました。ところが差に非ず。全国的には獅子頭は木製が主流でないようです。
たしかに紙製獅子頭も全国各地にあり、型抜きや竹骨組など形状や構造も様々なものがあるようです。しかし、香川県以外で二人立ち獅子舞で紙製獅子頭を使うのは、松山・徳島・播磨等の瀬戸内圈、と臼杵・宇土・熊本等の九州の一部、ほか京都・和歌山・静岡・長野・岩手等にも点々と広がる程度です。しかも、局所・散在的で香川ほどの分布密度はないようです。「紙製の獅子頭」というのは讃岐の大きな特徴のようです。
最後に、獅子頭の成長ぶりをもう一度確認しておきましょう。
中世は 小豆島肥土山の祭礼のパレードに参加する獅子中世末は観音寺琴弾八幡の太鼓に合わせて舞う獅子近世は 紙製獅子頭の登場で舞い踊る獅子へ
参考文献 高嶋 賢二 香川県の獅子舞と獅子頭
香川県立ミュージアム「祭礼百選」所収
香川県立ミュージアム「祭礼百選」所収
コメント