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金刀比羅宮の例祭は10月10日に行われるので地元では「十日(とうか)さん」と呼ばれています。神仏分離以前の金毘羅大権現時代の大祭は、お山の上で行われていた御頭人さんを中心とする祭礼行事でしたが、明治の神仏分離御によて一新されます。新たに麓に神事場が造成され、神幸(お下がり)とよばれる祭礼行列が金毘羅山から下りてくる姿になりました。この行列のひとつの呼び物が香川県内の各所から出仕された数多の奴振りの競演です。
 なぜ奴行列が、御神幸(お下がり)を先導するようになったのでしょうか?
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 私は小さい頃に、江戸の町火消しが金毘羅信仰に関わるようになって、灯籠などを寄進するようになった頃に行列に参加するようになったのがきっかけと近所の物知りおじさんに教えられた記憶があります。それ以来、そう信じてきたのですが近頃、どうも怪しく思うようになってきました。奴行列についての報告です。
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 奴行列は、大名行列をモチーフにした仮装行列が起源のようです。
  江戸時代の武士の従者(武家奉公人、奴さん)が挟箱・立傘・台笠・毛槍などを持って行列するものを奴行列といい、そのうち毛槍などを振り回したり投げ渡したりする所作を伴うと奴振りと分類されているようです
かつて民俗芸能の分野では、奴踊に分類されて説明されていたようですが、奴踊は素手で輪になって踊ります。それに対して奴振りは、特定の道具を持って所作をしながら移動するので、いまでは「行列風流」ととらえられているようです。
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民俗学は奴行列を、どう分類しているのでしょうか
 奴振りは、挟箱、毛槍、立傘、台笠の四つの道具を、奴がどれかひとつを持ちます。
挟箱とは衣類をいれるための箱で、一本の棹がついて片方の肩に乗せて運びます。行列の先頭にある場合は先箱、後ろにある場合は後箱(跡箱)などとも呼びます。
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毛槍は、長柄の槍の穂に、毛鞘をつけたもので、ヤクの毛の色によって白熊、赤熊、水鳥の羽の場合は白鳥毛、黒鳥毛、巨大な場合は大鳥毛などと呼びます。
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立傘は差しかける傘に袋を掛けたもの、台笠は頭に被る笠に長柄をとりつけ、袋を掛けたものです。
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奴振りに焦点を絞って祭礼行列を区分すると次の3つに分けることができます。
①行事の列(神官や僧侶の供揃え
②警固の列(行事を警固する武将の供揃え
③出し物の列(行列風流・見世物・趣向としての奴振り)
まず①は、奴行列の本質は主人に対する供揃えです。
これは神官、僧侶の格式を高める装置にもなったものです。
例えば、野辺送りの葬列に奴振りがみられた時代がありました。祭りを賑やかす行列仕立てが、しめやかな葬列行列に加わるというのは、今の私たちから見るといかにも不釣合いに思えるかもしれません。しかし、葬列つまり導師の僧侶の格式を表す供揃えとして奴なのです。僧侶の供揃えに奴行列がつく事例は、近江の湖東地域の寺院に伝わる近世文書でも確認できます。そこでは、葬列の一部に御導師人足や寺人足と呼ばれる僧列があり、奴行列がみられます。また、大阪の神社では、祭礼の際に葬儀業者が中心になって奴振りがおこなわれてきました。大阪の葬儀業者は、もともと大名行列の人足方であったことが分かっています。日常から神社仏閣等に出入りし、祭礼の際に棒頭として采配を振るい、奴行列をはじめさまざまな人足を手配したのです。この棒頭は、大阪天満宮は駕友、御霊神社は熊田屋、難波神社は阿波弥、熊野神社は平久と決っていました。そのため大阪のキタとミナミでは、奴振りの所作が異なったといいます。
 大阪の葬列に登場する奴振りは、死者へのセレモニーと、清浄なる神事との間を自在に行き来する身体は、葬列を構成する僧列の供揃えであることと、大名行列の人足方という葬儀業者の出自とに裏打ちされた上に成り立っていたといえます。
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②は江戸時代に①の行列を警護する役として派遣された警護の武士の行列です。
今風に言うとパトカー、警察騎馬隊の随行ということになるのでしょうか。奈良の春日若宮おん祭や、諏訪大社の御札祭では、武士の行列を模した奴振り行列が仕立てられています。それが江戸の明暦頃には、仮装の風流として祭礼行列にも取り入れられます。その後、独特の所作が「流行」し、歌舞伎舞踊に影響を与え、大名行列でも重宝されるようになります。
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③は、奴振り行列の所作を人々に見せるために、出し物として行列に取り入れられたものです。
伊勢の津八幡祭礼では、江戸初期の明暦年間(1655~58)には「大名行列の真似」が行列風流として登場していましたが、今は絶えているようです。どうして途絶えたのでしょうか?「所作を伴わない仮装行列(奴行列)たったため、飽きられたのだ」と研究者は考えています。
20160503053813292毛槍
奴振りの所作が、いつどのように始まったのでしょう?
 オランダ通詞のケンペルの日記から、元禄四~五年(1691)には奴が腕を水平に伸ばしたりして歩いてたことが印象に残ったのを面白く書いています。また、明和八年(1771)には奴の槍投げが禁止されています。禁止されると云うことは、そういう行為が行われていたということですから十八世紀前半に徐々に、奴がいろいろな所作を行うようになってきたことが分かります。
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さぬき市男山神社の奴道具
香川県は全国最多の奴行列王国?
 奴行列は、近世に北海道から鹿児島県まで、ほぼ全国に分布しており、500以上が報告されています。その中でも、香川県が最も濃密に分布しており、80近くあるようです。香川県に次いで多いのは鳥取県29、北海道26、大分県24、熊本県32、愛媛県22、京都府20、石川県が20例ですから、香川県はダントツの一位で「奴行列密集県」とも言えそうです。その中でも高松市香川町の「ひょうげ祭り」や三豊市山本町の「菅生神社の奴行列」は、市の無形民俗文化財に指定されています。
 奴行列(奴振り)はいろいろな名前で呼ばれているようです。
香川県の場合は、大名行列、奴、奴道中、奴子行列、鳶奴、道中奴、傘まわし、挟箱、投げ奴、子供奴、挟箱、練物、投げ奴、おはこ、とりけ、白熊、鳥毛、大練り、ヤッシッシ、ひょうげ祭りなど、名前を聞いただけでは何か分からないものまであります。

「奴行列は大名行列の仮装行列」といいました。
それを裏付けるかのように
「高松藩から道具一式をいただいた」(坂出市王越町木沢の奴)
「もとは高松藩の鳶奴」(丸亀市郡家町神野神社の奴)
といった伝承をもつ奴がいくつもあります。
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坂出市大越の喜佐渡神社の鋏箱 高松松平藩から下賜されたと伝えられ「三つ葵」紋が入る
香川県の奴振りの特色は、毛槍が中心と言えるようです
d_3_3_a毛槍

 毛槍は形状・素材によっていろいろな呼び方があり、混乱しそうです。そこでとりあえず、柄の先端部に動物の毛がついてふさふさしているものを毛槍、鳥の羽根を植付鳥槍仮名付けて分けておきましょう。
 まず引田の奴に代表されるような鳥毛槍のみのものは東かがわ市に多く見られます。他は諸道具の中のイッポン(一本道具)と呼ばれる巨大な粟の穂のようなものがあるぐらいで、他は毛槍ばかりです。毛槍・鳥毛槍は、槍の投げ渡しがポイントです。掛け声をかけながら数歩進んでは、投げ渡すします。奴の道具立てはこの他に、はさみ箱・ し槍・薙刀・台傘立傘などがあり、大きな奴になると貝吹きやぞうり、傘まわし、提灯持ちなどがつくところもあります。
 はさみ箱は単に奴といえばこれを指すところも多く、芸としては前後にゆすってカラカラと音をさせたり、受け渡しをする程度です。その中で三豊市山本町神田の立石奴はオハコ(お箱)といってはさみ箱がさまざまな芸をします。全部で十二の芸があるそうで、県下では他に見られないめづらしいものです。
槍や薙刀は行列の先頭で、道中の清めとするものとされます。
薙刀は行列に先立って曲振りをし、それから芸がはじまります。三木町などでは天狗が薙刀と拍子木を持っていて柝を打って先導役を務めるところもあります。
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まんのう町諏訪神社の念仏踊りの薙刀
槍には先端が蒲の穂のようになったものと、丸い球状のものがついたタマヤリ、それに六角や八角の台状のものがついた天目槍がある。
 いずれも出発に先立って場を清めますが、左右に数回振って出発するところもあれば、立って振り、しゃがんで振りとていねいに行う組もあり、さまざまです。
 傘まわしは傘振りともいい、たたんだ唐傘をバトンよろしくさまざまに操りながら行列を進む芸です。またぞうりは近年ほとんど見られなくなりましたが、両手に各々紙緒のぞうりを一足づつ持ち、芸をしながら進みます。
 高松市鬼無町山口に伝承されていた大奴では、トウニンサン(頭家の主)の前や神前で奉納する芸をトリマイといい、この時には傘とぞうりが中心だったようです。
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 丸亀市や善通寺市の一部では、お下がり前や御旅所で奴道具を円錐状に立てかけ、その周囲をまわりながら歌をうたうところがあります。飯山町東小川では甚句を歌い「ここらあたりで甚句はやめて 当世はやりの早口と切りかえよ」というと今までとは逆まわりになり、早口にかわります。甚句は七七七五調の短い文句、早口は長いものが多く、ちょっぴり艶ぽいものです。
 さぬき市寒川町神前の男山神社では奴は氏子各集落からその年に当った役を出していますが、この内、提灯持ちが当った地区は子どもが掛けあいで歌をうたい、その歌は毎年新しく創られたオリジナル新作です。
「奴振り用具」

 奴の奉納組織はお宮付きで、氏子地区が順番に出すという形式のものが多いようです。
東かがわ市あたりでは、獅子と同じように集落単位で奴を出すところもあるようです。またさぬき市の神前地区や造田地区では氏子各地区が奴を分けて奉納するという形式で、はさみ箱だけは決まった地区が奉納するという形式のようです。
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小豆島では奴のことをネリといいます。
 福田のネリは薙刀が中心で奉納されます。また池田のネリは奴行列の最後尾にその年に話題になったものなどを造って乗せたダシが出ます。池田のネリも歌いながら道中をしますがやはり艶笑的なものが多いようです。
さて、小豆島のヤッシッシです。
名前の響きだけでも面白いし、一度耳にしたら忘れません。ここでは毛槍を持って所作をしながら輪になって踊ります。奴振りと奴踊が融合版です。ヤッシッシは、赤揮に白足袋、頭に鉢巻きをした姿で、毛槍は柄が短く、いわば大名行列の奴振りパロディ版なのかもしれません。
「ここから江戸まで三百里、どうーしてーや、はだかで道中なるものか、どういうこっちゃな、やーし^-し」
「あねさんそこらにおらんすな、どうーしてーや、おいらの赤ふんすぐとれる、あぶないごっちゃな、やーしーし」
といった歌詞に合わせて踊りますが、なんとも面白い。
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ひょうげ祀り 
おどけるとか、滑稽という意味の「ひょうげる」を冠した高松市香川町のひょうげ祭りはパロディ版の最たるモノです。挟箱の棹部は青竹で箱部は金紙を貼ったもので、毛槍も青竹の先に、傘状の藁束を取り付けたものです。
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一応、毛槍の投げ渡しの所作はあります。ひょうげ祭は、奴振りだけでなく、神幸行列のすべての道具、衣装がパロディであり、庶民のユーモアと風刺とおおらかさを感じるユニークな祭礼行列です。これを始めた先祖に、最敬礼です。
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 ことしも各地の奴たちが登場する季節が近づいてきました。

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参考文献 香川・瀬戸内の風流 祭礼百態