短い夏の夜が、明けました。
今日も、朝からカンカン照り。
今年は、雨が少なかったというものの無事田植えもすませ、稲は見事に育っています。
でも溜池の水は、もう底をついてしまいました。
水不足で、田圃がひびわれはじめたところもあるといいます。
日照りの空を見上げて、人々はためいきをつきます。
「雨、降らんものかな。田圃が干上がってしまうワ」
「水がないから、稲の葉先が巻き上がってしまつた」
「井戸の水も、少のうなってしまつた」
「困ったものだ」
「雨雲は、どこにもないワ」
「お―い、お―い。おこもりすることになったぞ―」
「雨乞いのおこもりが、決まつたぞ」
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大水上神社の龍王淵に、おうかがいをたてることになったようです。
雨乞いの神さまの水上神社へ参籠することになりました。
神前で祈願したあと、龍王淵へ参ります。
老杉がおい茂った境内は、暑さをわすれさせてくれます。
でも、龍王淵の水はいつもの年よりこころなしか、水量が少な目です。

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龍王淵の水をすべて汲み出してしまい、淵の底にひそむウナギの色によって、雨うらないをしようというのです。
「ウナギが、黒なら、雨まちがいなし。ウナギが、白なら、まだ雨は降らないという、お告げ
なのだ。ウナギは、神さまのお使い姫さまだ」
「はっ―」
選ばれた男たちが、水を汲み出します。
日焼けした腕も背もあらわな男たちが、水を汲み出します。

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首すじにも、背中へも汗が流れ出ます。
淵の神水を頭から、ざ―ぶリーとかぶりました。
真夏の木もれ日がきらきらと水を輝かせ、淵の水はだんだん少なくなって来ました。
こんな作業が、どのくらい続いたでしょうか。
淵の底が見え始めます。
淵を取り囲んだ人々の目が、淵底の白砂に注がれました。
と、淵の底が、かすかに動いたようです。
声のないざわめきが、まわりから起きます。
あっ、また動きます。砂の中で、何かが動いています。
「あっ、お使い姫さまだ。お使い姫さまが、お姿を見せられた」
「黒だ、黒いウナギだ。お使い姫さまは、雨が降るとおつしゃっている―」

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お告げは、黒いウナギ。雨が降るといいます。
人々は大喜びです。
「雨が降る、稲に穂が出て、花が咲く。豊年じゃ、万作じゃ」
「これで、飲み水の不安もなくなった」
こんなお告げがあってから、ほどなく雨が降り出したのです。

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さて世の中には変わり者もいますし、 へそ曲がりもいます。
この、 へそ曲がりがこんなことを言います。
「なんだと、ウナギが黒なら雨、白だと晴、馬鹿、馬鹿しい。
そんなことがあるものか。
仕掛けがあるに違いない。ひとつ、俺が見破ってやろう」
と、こっそり龍王淵へやってきました。

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そして、水を汲み出しにかかります。
せっせと水を汲み出し、ひそむウナギを見つけました。
へそ曲がりは、大きな手を出してウナギを捕らえようとしますが、すらりと逃げてしまいます。
へそ曲がり、とうとう腹を立て、かっかとウナギの追っかけっこ。
水を、ちょろちょろ動かせては隠れてしまいます。
へそ曲がり男、気分が悪くなってしまいました。
お腹が痛くて痛くてたまりません。

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腹をかかえて家へ帰って来ましたが、とうとう寝込んでしまい起きることができません。
「めったなことはできんぞ、龍王淵のウナギは神さまのお使い姫だ…」
「あの男、ウナギを取りにいって腹が痛くなったそうな…」
「馬鹿だなあ…」
里の人々は、ひそひそとうわさをいたします。
でも、腹痛で寝ている男に同情はしませんでした。
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龍王淵はウナギ淵とも呼ばれ、現在も、山の清水を集めています。
いかにも、水上といった神淵なのです。