DSC08485

真鈴(ますず)峠は、香川県から徳島県への山越えのみち。峠近くの高尾家の屋敷内には、泉があります。こんこんと水の湧き出る泉には、こんな話が語り伝えられています。

DSC03498
真鈴峠への道
むかし、日照りが何日も何日も続きました。
山の奥、それも少々高所なので水には不自由していました。
とても暑い日に、お坊さまが来られました。
汗とほこりで、べとべとです。

DSC03497
勝浦の四つ足峠
高尾家のおばあさんは、
「まあ、おつかれのご様子、一体みなさいませ」
と、声をかけ、お茶をさしあげました。
汗をふ拭きおえたお坊さまは、
「すまんことだが、水を一[祢いただけないものかな」
と、おばあさんに頼みます。
「このごろは日照り続きで、水も少ないのだけどお坊さまが飲むくらいの水はあるわな」
「そんなに水が、不自由なのかい」
「はい、峠の下まで汲みに行きます」

DSC08490
真鈴の民家
お坊さまは、お水をおいしそうに飲んだあと、杖をついて屋敷のまわりを歩きます。
歩きながら、しきりに地面を突いているではありませんか。
何度も杖で地面を突くと、ふしぎなことに水がにじみ出てきます。
「おばあさん、ここ掘ってみい、水が出るぞ」
おばあさんは、水が湧いてくるという地面を、一升ますの大きさくらい手で掘ってみました。
すると、たちまち水はいっぱいになります。
おばあさん、こんどは一斗ますくらいの大きさに土を掘ります。
たちまち水は、いっぱいになってあふれ出ます。
近所の人たちを呼んできて、さらに大きく掘ってみました。
水は、ますますあふれるように流れ出るではありませんか。
「これは、枡水じゃ、増水じゃ」
と、人々はおおよろこびです。
おばあさんは、お坊さまにお礼を申さねばとあたりを探しましたが、お姿は見えません。
「ありがたいことじや、ふしぎなことだ」
おばあさんは、よろこびのあまり水に手を入れてみました。すると、
「ちろん、ちろん」
と、音がします。お坊さまが持っていた鈴のような音がして、水が湧き出てきます。
「ちろん、ちろん…」
と湧き出る水に人々は「真鈴の水」と名付けました。

DSC08471
真鈴の民家
隣村から、少し水を分けてもらえないかと言ってきました。
おばあさんは、水のないのは不自由なことだと快く承知しました。
隣村といっても県境、阿波から水をもらいに来たのです。
    水を、にないに入れ一荷にして、県境を越えて帰って行きます。
お礼は、蕎麦一升。水と、蕎麦とを交換して、仲良く暮らした山の村でした。
真鈴の水は、今日も、ちろんちろんと湧き出ています。

DSC08466


真鈴の地名由来には、次の2つの説があるようです。
A 真水と鈴から、真鈴とつけた
B 阿波の大星敷から水が不足すると真鈴に水をもらいに来た。そのお礼に大豆やそばを枡に入れて持って来たので、この地を「枡水(ますみず)呼んだ。それが後に誂って真鈴になった

真鈴の開拓者にも、2つの説があるようです。
C 矢野と名乗るものがこの地に来て開拓
D 長尾氏の子孫・高尾家による開拓
C説は、矢野氏が開き、野鳥野獣の害を防ぐため、建御名方命を勧請して城村神社を建てたと、この神社の社記に記されています。
D説は、西長尾城の長尾大隅守一族が、一族が分散して各地にかくれ、あるいは仏門に入るものもいました。この時に長尾氏一族の長尾高敦が、真鈴の地に入り姓を高尾と改めこの地を開拓したというものです。当時、真鈴には六戸しかありませんでしたが、周囲を開き同族も増え真鈴集落は大きくなっていきます。現在の真鈴の高尾家は、その子孫だと言われ、その本家には近年まで甲冑や武具等が伝えられていました。
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。
参考文献 琴南町誌

関連記事