むかし、日照りが何日も何日も続きました。山の奥、それも少々高所なので水には不自由していました。とても暑い日に、お坊さまが来られました。汗とほこりで、べとべとです。
高尾家のおばあさんは、「まあ、おつかれのご様子、一体みなさいませ」と、声をかけ、お茶をさしあげました。汗をふ拭きおえたお坊さまは、「すまんことだが、水を一[祢いただけないものかな」と、おばあさんに頼みます。「このごろは日照り続きで、水も少ないのだけどお坊さまが飲むくらいの水はあるわな」「そんなに水が、不自由なのかい」「はい、峠の下まで汲みに行きます」
お坊さまは、お水をおいしそうに飲んだあと、杖をついて屋敷のまわりを歩きます。
歩きながら、しきりに地面を突いているではありませんか。
何度も杖で地面を突くと、ふしぎなことに水がにじみ出てきます。
「おばあさん、ここ掘ってみい、水が出るぞ」
おばあさんは、水が湧いてくるという地面を、一升ますの大きさくらい手で掘ってみました。
すると、たちまち水はいっぱいになります。
おばあさん、こんどは一斗ますくらいの大きさに土を掘ります。
たちまち水は、いっぱいになってあふれ出ます。
近所の人たちを呼んできて、さらに大きく掘ってみました。
水は、ますますあふれるように流れ出るではありませんか。
「これは、枡水じゃ、増水じゃ」
と、人々はおおよろこびです。
おばあさんは、お坊さまにお礼を申さねばとあたりを探しましたが、お姿は見えません。
「ありがたいことじや、ふしぎなことだ」
おばあさんは、よろこびのあまり水に手を入れてみました。すると、
「ちろん、ちろん」
と、音がします。お坊さまが持っていた鈴のような音がして、水が湧き出てきます。
「ちろん、ちろん…」
真鈴の民家
隣村から、少し水を分けてもらえないかと言ってきました。おばあさんは、水のないのは不自由なことだと快く承知しました。
隣村といっても県境、阿波から水をもらいに来たのです。
水を、にないに入れ一荷にして、県境を越えて帰って行きます。
お礼は、蕎麦一升。水と、蕎麦とを交換して、仲良く暮らした山の村でした。
真鈴の水は、今日も、ちろんちろんと湧き出ています。
真鈴の地名由来には、次の2つの説があるようです。
A 真水と鈴から、真鈴とつけた
B 阿波の大星敷から水が不足すると真鈴に水をもらいに来た。そのお礼に大豆やそばを枡に入れて持って来たので、この地を「枡水(ますみず)呼んだ。それが後に誂って真鈴になった
A 真水と鈴から、真鈴とつけた
B 阿波の大星敷から水が不足すると真鈴に水をもらいに来た。そのお礼に大豆やそばを枡に入れて持って来たので、この地を「枡水(ますみず)呼んだ。それが後に誂って真鈴になった
真鈴の開拓者にも、2つの説があるようです。
C 矢野と名乗るものがこの地に来て開拓D 長尾氏の子孫・高尾家による開拓
C説は、矢野氏が開き、野鳥野獣の害を防ぐため、建御名方命を勧請して城村神社を建てたと、この神社の社記に記されています。
D説は、西長尾城の長尾大隅守一族が、一族が分散して各地にかくれ、あるいは仏門に入るものもいました。この時に長尾氏一族の長尾高敦が、真鈴の地に入り姓を高尾と改めこの地を開拓したというものです。当時、真鈴には六戸しかありませんでしたが、周囲を開き同族も増え真鈴集落は大きくなっていきます。現在の真鈴の高尾家は、その子孫だと言われ、その本家には近年まで甲冑や武具等が伝えられていました。
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。
参考文献 琴南町誌
参考文献 琴南町誌
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