おへんろさんの中には、腰の曲がりかけたおじいさん、おばあさんから、 巡礼お鶴のように小さい少女も交っているし、 お母さんの背中に眠る赤ん坊も見うけられた。 こうしたがへんろさんを迎える小豆島の人たちは純真無垢である。 一夜の宿を乞われれば、よほど困ったことでもない限り、 見も知らぬ他国の人のために宿をかし、食を用意する。 それを善根宿といい、善根を積めば後の世に報いられると信じているのであろう。 此の頃ではいろいろな事情万善根宿をする家も少くなったようであるが、 おへんろの時期になれば、百姓家も忽ちへんろ宿になり、 安い宿料で風呂を焚き、明日の弁当まで整える。
おへんろさんが小豆島八十八箇所を一めぐりするには普通一週間はかかる。 途中で出会った道づれもお互いにいたわり合い、十年の知己のような心づかいを見せて、 嶮しい山や谷を越えるのであるが、その途中の道には番人のいない店がある。 店といっても、それは道端や、畑の岸に大きなザルが二つか二つ置いてあるぎりで、 その中には島でとれる夏みかんやネーブルなどが山と盛られて、 一つ一銭とか二銭の礼が立っているだけで、おへんろさんは一銭二銭と引きかえに、 そのみかんで乾いた喉をうるおすのである。 ~後略~ 「小豆島と巡礼」昭和16年3月発表