近江州愛智郡小椋庄筒井轆轤師職頭之事称四品小野宮製作被職相勤之所神妙之由候也専為器質之統領諸国令山入旨西者櫓櫂立程東者駒蹄之通程被免許訖者天気所候也仍執達如件承平五年十一月九日 左大丞器杢助
近江国愛智郡小椋庄の筒井の轆轤(ろくろ=木地)師の特権について木工製作にあたって神妙に職務に励んでいる。ついてはもっぱら器質の統領として、諸国の山々に山入できる特権について、西は櫓櫂の立つほど、東は駒蹄の通うまでの範囲について免許を与える。天皇のお考えはここに示した通りである」承平五年十一月九日 左大丞器杢助
A 神祗官の白川家擁する君ガ畑村(東近江市君ヶ畑町)の大皇太神(鏡寺)B 神祗官の吉田家擁する蛭谷村の筒井八幡(帰雲庵)(東近江市蛭谷町)

木地師の家 祖谷山絵巻
讃州大内郡与田山村一、一匁二分 御初穂 庄蔵一、二分 氏子 同人一、一匁 氏子(狩)かり 同人一、二匁 御初穂 長左衛門一、八分 氏子かり 同人一、三匁二分一、 御初穂 市郎左衛門一 八分 氏子駆 同人
一、二匁 御初穂 喜八郎一 六分 氏子駆 同人一、二匁 御初穂 彦左衛門一、一匁 氏子狩 同人

与田山の木地師は、どの家が本家なのかはよくわからないようです。しかし、小倉家では裏の畑に屋敷神として金神さんを祀っていて、戦前までは祭りの日に社前に幟を立てていたと云います。屋敷神のある、この家が本家のようです。未開のこの地に入って来て、木地を挽くかたわらに焼畑耕作などを行っていたのが、やがて定住して農業を営むようになったことがうかがえます。
高良玉垂明神は、小椋さんの祖先の神と伝えられます。もともと、高良玉垂明神というのは武具の神であるとされています。鎧や兜の製造に木地師の技術を必要とするところがあったのかもしれません。九月十五日が高良玉重明神の祭りで、昔は一族の者が寄り集まっていたとそうです。
熊野信仰が色濃い与田寺と水主神社
水主神社 讃岐国名勝図会
どちらにしても大内郡の水主神社や与田寺は、神仏習合時代には大きな力を持っていた宗教勢力でした。その経済力を背景とした仏像や神像が水主神社には、今に伝えられています。

狛犬 水主神社
女神像 水主神社
その背景には、与田山などの木地師などの職人たちの存在があったことが見えて来ます。同時に、阿波との深いつながりがうかがえます。
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。
参考文献
香川県史14巻民俗編73P 大川郡白鳥町福栄地区
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