その際の根本史料になるのが御遺告と大師御行状集記でした。
このふたつの史料をもとに、『高野大師御広伝』(元永元年成立)がどのようにして作られるかを見ていくことにします。
高野大師御広伝では、上のように守敏との祈雨の験比べ譚から始まり、善如竜王を勧請する場面から善如竜王出現譚へと接ぎ木して、両者をうまく一つの話に「合成」することに成功しています。詳しく見ておきましょう。
aの部分は『行状集記』からの引用です。空海が守敏と祈雨の験比べを行うようになった発端から、空海の時に守敏が諸竜を水瓶に閉じ込めて妨害したところまでが述べられています。
Cは『御遺告』からの引用で、善如竜王の出現とそれを七人の弟子が見たことを述べています。
※は両伝記にありません。著者独自の書き加えです。内容的には『御遺告』のDに近いものです。そして、最後のEは『御遺告』からの引用で、もし神泉苑の竜王がよそに移ったならば、公家に知らせずとも弟子達で祈願するようにという内容です。
ここでは『高野大師御広伝』の空海請雨伝承は、『御遺告』と『行状集記』からの合成で、新たな空海請雨伝承が作り出されたことを押さえておきます。
この完成度の高い空海請雨伝承が、いつの時点で登場したのかについてはよく分かりません。
昔於神泉苑行請雨経法。修因呪諸竜入瓶中。但久不得験。大師覚其心。請阿御達池善如竜王。金色小竜乗丈余蛇。 有両蛇腹。於是大雨。自是以神泉苑。為此竜住所。兼為行秘法之地。
意訳変換しておくと
昔、神泉苑で請雨経法が行われた。①その時に諸竜を瓶中に入れられたために、験を得ることができなかった。②そこで大師はインドの阿御達池の善如竜王を呼び出した。その姿は、金色の小竜が大蛇に乗った姿の双蛇で、善女龍王が姿を見せると大雨となった。これより神泉苑は龍の住む所とされ、雨乞祈願の秘法の地となった。
ここには、諸竜を瓶に入れるという守敏との祈雨の験比べ譚になるモチーフ①と、金色の竜が一丈余りの蛇に乗るという、善如竜王出現譚にあるモチーフ②が見られます。このことから、この時期には『高野大師御広伝』と同じような伝承がすでに世間には語られるようになっていたことがうかがえます。
「大江匡房は『本朝神仙伝』を記すにあたり、文壇に語り伝えられていた口伝を素材として用いている部分が多々あることから、このA伝承(空海請雨伝承)が書承ではなく、口承で貴族社会に伝えられていたため、匡房は守敏を修因と記してしまったとかんがえられる」
以上から『高野大師御広伝』の空海請雨伝承の成立期を研究者は次のように考えています。
①守敏との祈雨の験比べ譚が永保二(1082年)から寛治三年(1089)までの間に成立した②それに善如竜王出現譚が合成されて天永二年(1112)までの間に口承化された
少し時代が下って、仁平二(1153)年の『弘法大師御伝』では、空海が修円の行う栗の加持を妨げたことから験力を争うことになり、神泉苑での祈雨の場面へとつながっています。
ここでは、善如竜王が「一尺の金色の竜王」であったり、「勅使と十弟子が善如竜王の出現を見る」とあるなど、『御遺告』や『行状集記』の記事と異なっています。これは口承化がこの時期に進んだ結果と研究者は考えています。また、これまでなかった茅竜についての話が新たに加えられてもいます。そして、話の前後に修円との験比べ譚が配されます。
⑥これを受けて『御遺告』に見える善如竜王出現譚が成立する。
それが発展をとげながら口承化され、人々に広く知られる話として拡がっていきます。これが弘法大師伝説の始まりともいえます。同時に、真言宗による神泉苑での祈雨をゆるぎないものにしていくのです。
参考文献
「籔元晶 国家的祈雨の成立」
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