前回は1920年代の麦稈真田を取り巻く状況について、次のように整理しておきました。
①第一次世界大戦前後の麦稈真田の輸出額は、神戸港ではベスト10に入っていた②工場で作られた品質の良い麻真田の出現で、麦稈真田は安値低迷に苦しんでいる③麦稈真田は農家の副業のために、品質向上などへの取り組みが弱く競争力に劣る④このような状況が麦稈真田の未来を危うくしている。
以上からは、農家の副業として生産される麦稈真田が品質面やデザイン面で改善が見られずに、次第に麻真田に押されてる様子がうかがえます。このような状況を専門家や当事者たちは、どのように考えていたのでしょうか。それがうかがえる新聞記事がありましたので見ていくことにします。
大正7(1918年5月12日 神戸新聞 麦稈真田貿易趨勢
神戸大学新聞記事文庫 デジタルアーカイブ 麦稈製造業第1巻
意訳変換しておくと
麦稈真田が海外輸出商品としての地位を得るようになって二十年余りが経過した。(中略)麦稈・経木真田の現況は、第一次世界大戦勃発以前に既に憂うべき数字を示していた。その上に戦乱の影響で、さらなる苦境に立たされた。これについては、世界大戦という未曾有な混乱が原因で、内地生産だけを原因とすることはできない部分もある。しかし、この機会にこそ自ら省みて挽回と発展の策を講じ、力を尽して本業の将来を繁栄へと導かなければならない。麦稈真田産業が今日の発展を為し得た要因を挙げると、次のようになる。①先覚者の研究苦心に負う所が多い②製造方法が手仕事で、我が邦人天賦の技巧に適し、初期投資が少ない③原料の麦稈を最安価に自給できたこと④広く山間僻村で生産が行われ、安価な労働力が豊富にあったこと
この記事は簡単な取材や「関係者談」ではなく、現場へ調査や各種報告を分析した上で書かれた内容となっています。第一次世界大戦前後における麦稈真田業界の抱える問題が的確に指摘されています。どんな問題意識を持って、この記事が書かれたのか考えながら見ていくことにします。
世界には、低価格の支那真田、技術精巧な伊太利(イタリア)、仏蘭西(フランス)、瑞西(スペイン)製品などの強敵が控えている。日本の麦稈真田産業の発展は、販路の拡張、技術向上、製品改良などにかかっている。今回の調査で得た研究資料の概要を述べたい。麦稈真田の生産組織を一言で云うならば「農村における婦女の副業」である。この麦稈真田産業は工場生産ではなく、農家の副業として製造されてきた。そのため原料は、農家自身が栽培する麦稈を利用し、各農家が随時随所で簡単に加工した。それが農家の副業としては最適な産業であったと云える。従事者の年齢は、12歳以上20歳未満の少年・少女が成人以上に当動力として利用せれている。生産に割かれる時間は、児童の遊戯時間、老人の座談、閑居に空費する時間、家婦の不生産的消費時間なども活用できる。さらには広島県呉市や福岡県八幡市では、各種職工の家族の授産事業としても運営されたり、岡山、香川では小漁村の救済事業として行われているところもある。まさに勤労の美風、風教の改善などにも好影響を及ぼしている。
要点を整理すると、次のような麦稈真田の特徴と利点が指摘されています。
①麦稈真田生産は「農村における婦女の副業」として成り立っていること
②副業として、未成年・婦女子・老人が数多く従事していること。
③農家経営を助けると共に、勤労の美風観を育てることにも役立っていること
このような利点に対して、農家の副業ゆえの問題点を以下のように指摘します。
①麦稈真田生産は「農村における婦女の副業」として成り立っていること
②副業として、未成年・婦女子・老人が数多く従事していること。
③農家経営を助けると共に、勤労の美風観を育てることにも役立っていること
このような利点に対して、農家の副業ゆえの問題点を以下のように指摘します。
麦稈真田生産は、初期設備投資がほとんどいらず小資本で起業できる点が工場生産とは異なるところである。しかし将来のことを考えると、製品改良、技術向上、原料精選などに努めるとともに、消費者に好まれる製品を作り、購買心を刺激しないと麦稈真田の発達はないと云える。業者もその点を分かっていて、多品種化や品質向上などに努めているが、それが欧米人の趣味嗜好にマッチしていないことがある。さらに問題なのは、生産に従事する者の多くは、麦稈真田が国際的な貿易商品であることを理解していないことことである。そのため市場が好況になってよく売れれば粗製乱造に走り、不況で生産が落ち込めば、生産を放り投げてしまう。このため次のような弊害が放置されていることが各県からは報告されている。①製造後、短尺(「尺切のこと」)が混じっている(製品チェックの不備)②組流れを、そのまま製造している③幅員が不揃いなもの④乾燥が不充分なために腐蝕を招くもの⑤生産組合の規定である八列九重の仕立方を省略して短尺を図るもの⑥引延ばすもの⑦汚損したものを出荷するもの⑧穴が空いているものを出荷するもの⑨不良原料を使用したために、製品に欠点がでること、これらの弊害の原因は次の2点に起因する。A 生産者が故意に不正し、利を得ようとするものと、B 生産者の技術拙劣から来るものこの弊害を更に助長するのが、流通ルートの欠陥である。この改善のためには、まず生産者に対する適切な技術指導と、買い取り方法の改善が求められる。次に生産組合による自主的な取締活動が求められる。指導・取締については、とりあえずは農商務省令の発布の条項に従って行えば良い。
ここでは農家の生産従事者の生産者としてのプロ意識の欠如と、それが製品にどのように悪影響を及ぼしているかが具体的に指摘されています。
以上のような悪癖の改善運動のために、次のような実践例が報告されます
以上のような悪癖の改善運動のために、次のような実践例が報告されます
麦稈原料の採取や加工方法は、直接に製品に影響を及ぼす問題である。例えば、麦稈の採取、加工について香川・岡山県は、生産組合の活発に活動して改良に勤めている。また天候や風土によって、刈取時期、野晒方法、撰別、号別などが適当でないために生ずる欠点や弊害も多い。原料の麦稈を自分で栽培せずに、他地域から買い入れている福岡県、広島県の一部、山口県などでは、製造家が粗悪原料の使用を余儀なくされているとの報告もある。原料生産地には、改良改善に充分な注意が求められる。特に経木の場合は原料加工、晒白などが採取地の山村で、経験に頼って行われている状態なので、薬液の定量を誤って腐蝕を招く例もあった。原料採取に従う者に対して製造方法を指導し、指示された基準・手順で生産するようなシステムを強制的にも形作っていくことは製品改良の上で必要なことである。 真田の網製は誰にでも簡単に習得できる。そのため未熟者の製造したものが市場に出回ることも多い。常に技術の向上を図り、訓練する必要がある。
ここでは先進的な活動例として香川県のことが紹介されています。これについては次のようなものでした。
明治31(1898)年に「香川県麦稈業組合」や「麦稗真田販売組合」設立し、生産品の品質保証のために検査制度を設け、規格の統一普及に努めます。具体的には製品に生産作者名を押印した県発行の検印証紙を貼付します。これによって生産者責任を明確にすると共に、粗製濫造を防ぐというものでした。これが香川県産の麦得真田の名声を高めたとされます。こうして、問屋などから大量注文が入るようになり、組合による生産割当が容易になると同時に、仲買人や問屋に対する窓口一本化され、価格交渉が有利にはこべるようになりました。生産技術の安定と向上と共に、流通ルートの改善にも取り組み、それが農民の利益にもつながると高く評価しています。それを全国的に普及していくべきだという提言です。
「精神開発」の必要
真田製造は手指による手工品なので、作る人の人格や観念が知らず知らずのうちに、製品に反映する。例えば中流農家で作られた麦稈真田は、下層農家に比べると入念に作られたものが多いように思える。これは従事者の価値観や世界観の現れであろう。現場の生産者に対して、麦稈真田が国際商品であり、我が國の主要輸出品たることを知らしめなければならない。製品の良否はひいては、我が国の国力の伸長にも関わることを自覚させることが求められている。以上については、なかなか実行するのが難しいものもあるが、既に実行されて効果を上げている例として次のような活動がある麦稈青刈の奨励品評会の開設同業組合に於ける毎反検査の講評特技者の表彰協議会の開催技術講習会巡回指導員の設置府県試験場でのその地方に適当な品種や加工法の研究指導府県市町村だけでなく、同業組合と連携を図りながら進めていくことが要点である。
麦稈真田の品質向上のためには、生産者のプロ意識が必要として、そのために香川県などで行われている生産組合の行事活動が紹介されています。香川県では次のような技術指導体制が組織されていました
①明治25年、指導者育成を目的に先進地の備中から女工数名を雇い入れ、各町村を巡回指導
②明治37年、「麦得真田伝習所」を設置し、技術普及と地域の指導者を育成
②明治37年、「麦得真田伝習所」を設置し、技術普及と地域の指導者を育成
③尋常小学校の手工科の教程(カリキュラム)に「麦得真田組み」を採用させ、児童への啓発展開
④真田組の技術向上のために競技会の各地での開催。
⑤滝宮天満宮の夏の競技会は、県下一円から若い女性たちが集まり日頃の腕を競いあった。それが行事化・イヴェント化して、麦稈真田の普及定着につながった
⑥これを受けて各村々でも行政と生産組合が連携して競技会開催
⑥これを受けて各村々でも行政と生産組合が連携して競技会開催
これを逆手にとってみると、この香川県の取組は先進的で、全国的にはそこまで達していなかったということになります。
売買組織の改善真田の買い取りについては、生産農家が景気動向や市況のことについて疎いことが多い。これに乗じて中間仲買人の暗躍で生産農家は不利益な取引を余儀なくされ、それが農家の生産意欲を失わせている例もある。また、商況が良好な時には、仲買人は品質を問わずに先を争って均一価格で買い求める。ここにも真田の改良、向上を阻害する要因がある。生産農家の保護、製品の改良は、麦稈真田産業の発展のための避けて通れない問題である。この流通ルートには農家や輸出港での売買などに多くの仲間業者が入り込んで複雑化している。これを簡略化することが価格安価や取引の安全につながる。このような流通ルートの改善については、香川県同業組合や岡山県の一部において、先進的な取組が紹介されている。また、共同販売や輸出港で売買市場の開設などについては神戸、横浜において試験実施が行われている。注目したい試みであるが、その経営は不振で軌道に乗っていないのが残念である。
価格の調節施設
麦稈真田は流行や景気変動の影響を受けやすく、価格変動が大きい商品である。そのことが普及拡大の障害となっていると言われる。これについての防止策としては、一時期に集中する註文を、分散して受けるようすれば、価格変動幅を緩和できるという意見もある。しかし、生産農家にとっての最大の不安は、農家に対して融資をおこなう金融機関が身近にないことである。農家が利用できる金融制度や機関がまず求められている。次いで、価格調節の行える集団を将来的には考えるべきである。
麦稈真田が始めて海外に輸出せれたのは明治7年のことである。以来、明治25(1892)年までは統計調査がないので詳しくは分からない。日清戦争勃発時の明治26年には輸出額は37万円に過ぎず、その発展も遅々たつものであった。ところがその5年後の明治30年には、318万円に達している。10倍の驚くべき急成長ぶりである。それ以後は、輸出数量は以下のように増加している。
明治37(1904)年 1300万反 輸出額 516万円
大正元 (1912)年 2400万反、 輸出額 1680万円
この大正元年がピークで、翌年には減退し、大正3(1914)年の第一次政界大戦の勃発で大打撃を受け輸出額は急落した。こうして戦争景気で他産業が好景気に沸く中で、麦稈真田の問屋や仲買業者中は破産や操業停止に追い込まれるところが続出し、惨澹たる悲境に陥った。大正5(1916)年になると、景気は回復傾向に転じ、昨年大正6年には好況の波に乗ったかのように見えるが、これはかつての隆盛には遠く及ばない。対一次大戦勃発前後の麦稈真田の輸出状況をもう少し詳しく見ておくと次のようになる。大正2年以前の3年間の平均輸出額 1602万円大正3(1914)年 1435万円大正4(1915)年 1413万円大正5(1916)年 1631万円
これを見ると大戦開始から3年間の平均は1522万円で戦前平均額に比較すると約80万円の減少にすぎません。数字的には「第一次政界大戦の勃発で大打撃を受け輸出額は急落」という状況は見えてきません。このあたりが今の私にはよく分からないところです。
大戦前の麦稈真田の輸出が好調だったことは間違いありません。その輸出先を新聞は次のように記します。
戦乱勃発前の真田の輸出先は、次の通りである第1位が英国で、次いで北米・仏蘭西、独逸、伊太利、濠洲、比律賓などが主要な輸出先である。戦乱の結果、輸出額の減少と共に輸出先にも大きな変化が現れた。麦稈真田は北米、英国、仏蘭西、比律賓諸島、濠洲、伊太利、支那の順序に其他十九ケ国に輸出。経木真田は英国、北米、仏蘭西、比律賓など十ケ国、麻真田は北米、英吉利、仏蘭西、濠洲、加奈陀など19ケ国に輸出されている。戦前三ケ年と前時中の平均輸出額品種別推移を見ると戦前の輸出額A 麦稈真田 492万円B 経木真田 211万円C 麻真田 866万円大戦の始まった大正3(1914)年以降、戦乱の影響や流行の変化を受けて麦稈真田や経木真田は衰退傾向を見せ始めます。それに対して麻真田が急速に輸出額を伸ばしています。真田の集散は関東では横浜港、関西では神戸港之が集散市場である。また集散製品にも横浜港は麻真田、神戸港は麦稈、経木真田という棲み分け現象がみられる。麦稈真田総輸出額の9割以上、経木真田の8割以上は神戸港からの輸出で、半ば独占状態となっている。これに対して麻真田は横浜港から輸出されるものがほとんどで、神戸港からの輸出は2割程度である。
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。
参考文献
参考文献
大正7(1918年5月12日 神戸新聞 麦稈真田貿易趨勢
神戸大学新聞記事文庫 デジタルアーカイブ 麦稈製造業第1巻
https://da.lib.kobe-u.ac.jp/da/np/0100105325/?lang=0&mode=0&opkey=R174080246918440&idx=14&chk_schema=20000&codeno=&fc_val=&chk_st=0&check=00000000000000000000 )