綾子踊は雨乞踊りと云われてきました。その演目は12曲で、3番目に踊られるのが綾子踊です。この踊りは、綾子が旅の僧から教わったとされています。当然、降雨祈願が歌われているのかと思いますが、ところが歌われていのは綾子の恋です。雨乞にまったく関係ない綾子の恋がどうして謡われているのでしょうか。結論を先に云うと、この歌は雨乞のために作られた歌ではないからです。もともとは、中世の小唄の恋の唄として作られたものなのです。それが、時代の中で盆踊りに転用され、さらに雨乞の時に踊られるようになったためと研究者は考えています。つまり、恋の唄が長い歴史の中で雨乞歌に転用されるようになったということです。今日は、その流れを4つのパートに分けて、次のようにお話しします。
まず、中世の小唄がどんなものであったのか、それが風流踊りとして全国に拡がったプロセスを簡単に見ておきましょう。

あの娘(綾子)が身も細るほどの恋をしたようです。「わんわする」とは、恋に夢中になり、心がどきどきしている様子です。そのため食べるものも喉を通りません。しかし、恋やせしているのです。それを親はいつもの夏やせだというのです。それに対して、ほんとうにあじけないと娘が呟きます。あじけないとは今風に訳すと「ほんまにせがないわ、やっとれんわ、しんじられんわ」というところでしょうか。そうだとすると初恋にワンワ・どきどきする乙女心を歌ったものになります。昭和歌謡のアイドル達が歌った恋の唄と変わりません。ちなみに綾子は歌詞には登場しません。出てくるのは「あの娘」なのです。それが「綾子」と歌われるようになり、綾子踊りというタイトルになったのかもしれません。佐文で雨乞のために作られた歌でないことは確実です。
中世小唄の恋の歌は、「一つとせ」「二つとせ」と歌ってゆく数えタイプが多かったことは先ほど云いました。最初は、座頭や芸子が歌い出して、次第に参加者が次々と歌い継いでいきます。宴会では、一番がおわると、次を急かします。綾子踊の2番のキーワードは沖の石です。比較のために沖の石が出てくる歌を見ておきましょう。
岡山の哲西の田植え歌では、我が恋は沖の石と同じだと謡います。何故かというと、潮が引いても姿を見せないで隠れいている、それは涙で濡れた私の袖と同じで乾く暇もないと謡います。沖の石は、秘められた恋に涙で袖を濡らす女をイメージしていたようです。例えて云うと「沖の石とかけて、私の袖と解く」、そのこころは「いつも乾くことがなく濡れているでしょう」というところでしょうか。それでは綾子踊りでは、どう謡われているか見ておきましょう。
綾子踊2番にも、綾子の恋が沖の石に例えられています。沖の石という言葉が出てきたら、秘められた恋、涙で濡れる袖なのです。そして3番のテーマは、丸木橋です。
今度のお題は丸木橋です。平家家物には(読む)渡ろうか、渡るまいか、なんども踏み返され、袖が濡れると歌われます。 ③●和泉大津の念仏踊りには「渡るおそろし
渡らにや殿御に あわりやせぬ」とあります。丸木橋を渡るのは怖い、しかし渡らないと会えない。自分の思いを打ち明けようか、どうしようかと迷う心情なのでしょうか。綾子の気持ちがさらに一歩進んで告白するかどうかに悩んでいるようです。「沖の石」と云えば、秘められた恋心、丸木橋は「恋の告白」と成就がテーマのようです。
綾子踊り3番の歌詞です。平家物語や念仏踊歌と同じ内容です。「細谷川の丸木橋」は、恋を打ち明ける怖さを表現するキーワードだったのです。ここにもの「あじ(ぢ)きなや」が出てきます。当時の乙女達がよく使った流行語だったことがうかがえます。 綾子踊りの歌詞から分かることをまとめておきます。
①綾子踊で歌われている内容は、中世の小唄と共通すること。
②中世に歌われていた小唄が、綾子踊の歌詞として伝わっていること
③綾子踊が雨乞のために作られたものではないこと
④弘法大師が綾子踊を伝えたという由来はありえないこと
次に閑吟集のトリを飾る花籠を見ていくことにします。
この歌は閑吟集の最後に歌われている歌です。トリなので人気のあった歌だったことがうかがえます。
①●花が生けられ花籠です。でも、閑吟集では月が入れられています。当時のお約束では、花籠が女、その中に入れられるものが男ということになっていました。意訳すると
(男との逢瀬をいつまでも秘密にしたい・・・)花かごの中に閉じこめられた月をしっかり持っている女性、男との逢瀬の思い出を胸に秘める女と花籠と月の光
ここからは花籠に入る月の光という幻想的なイメージが浮かんできて、美しい歌です。宴席では、これが歌い始めで、花籠に月に代わっていろいろなものが入れられて歌われていきます。綾子踊りには、なにが入れられるのか見ておきましょう。
意味をとっておくと、一番は玉房(恋文)が入れられます。恋する男に吾が心を伝えようかどうか、揺れる切ない恋心です。2番には我が恋、3番には浮名が入れられます。こうして花籠にいろいろなものが入れられて、恋人に届けられることになります。視点を変えると、500年前の流行歌が姿を変えながら今に歌い継がれている。これはある意味では希有なこと、500年前にたてられた建築物なら重文にはなります。タイムカプセルのように、500年前の流行歌のフレーズと旋律を残した綾子踊りが無形文化財になるのは当然と研究者は考えています。
もう少し、艶があってエロチックなのが小鼓です。
1番は、小鼓が男性、それを奏でるのが女性です。ふたりを隔てる川(皮)が恋の響きを奏でます。
2番は、「駒」は馬で、駒に踏みにじられた道草(女)も、露(男)に一夜の宿を貸す、ということでしょうか。
3番は、女性が水草、そこにやどるのが蛍で、男の比喩です。
駒に蹴られた道芝も、露に、一夜の宿は貸します。
水にもまれる川柳も、蛍に一夜の宿は貸します。
風にもまれし呉竹も、小鳥に一夜宿は貸します。
人にはなさけがあります。なさけは人のためだけではありません。
浮世はまわる車輪のように、めぐりめぐりて後の世、我が身のためになることもあるのです。
この浄瑠璃のセリフを受けて、男が歌っていることが分かります。ここでは、路傍の草のように、相手を思うやさしい心を持ちなさい。私の恋心(下心)を、わかって受け入れて下さいという男の口説き歌になっています。
中世に恋の唄として歌われた小唄に振りが付けられが、狂言や歌舞伎の舞台で踊られ、風流踊りとなります。それが地方にもたらされて盆踊りに転用されていくという流れになるようです。
第一部は以上です。以下は次回に
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。
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